ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

天国案内人(後)

2019-04-07 17:57:23 | 短編
美希は出来すぎた娘だった。正弘はそれに甘えていたのかもしれない。今更ながら、もっと娘の心情を理解すべきだったと後悔した。しかし、それよりも何よりも早く戻ってきてほしい。それが無理なら無事であることを知らせてほしい。正弘の偽らざる思いだった。しかし5年、10年待っても美希は戻らなかった。そのうちに正弘は重い病を患い、病室の白い天井を眺める日々が続いた。窓の外には彼を慰めるような緩やかな雨が降っていた。

「児玉たき子さん、91歳。間違いありませんね」
「ああ。そうですけど。どうかしました?」
「天国行きが決まりました。今、歩いてきた方向をそのまま真っ直ぐ進んでください。すぐに天国に入れます」
「は、何?」
老婆は孫のような若い女性に耳を近づける。

「天国に行けますよ」
案内人の女性は少し声のトーンを上げた。
「天国?」
「はい、このまま真っ直ぐ進めば天国です」
「はあ、そう。やっと死ねましたか?」
「はい。亡くなられました」
「8年前に主人が死んでからは、私も早く死にたくて死にたくて」
「そうだったんですね。もうすぐご主人に会えますよ」
案内人は老婆をいたわるように穏やかな口調だ。老婆は心なしか足取りを軽くして天国へ向かった。


「久保田正弘さん71歳、間違いありませんね」
「はい、確かに間違いありません。ここはどこですか?」
正弘は白いドレス姿のシロツメクサの花冠をした若い女性に尋ねた。
「天国への通り道です、このまま真っ直ぐ行けば天国です」
「ああ、では私は死んだんですね」
「はい。お亡くなりになられました」
「そうですか。女房に先立たれて・・・」
正弘の言葉が途切れた。そして案内する女性の顔を凝視する。

「どうされました?」
「どうされましたって、美希お前・・・」
「美希さんとはどなたですか?」
案内人の普段の穏やかな口調は変わらない
「行方不明になった私の娘です。もう10年以上前ですが」
「その女性が私とそっくりということですか?」
「最後に見た美希と何もかも変わらない。顔も、体型も、声も」
「しかし、10年以上前の話ですよね。それでしたら、多少は外見も変わっている可能性がありますね」
「そう言われれば、その通りなんですが」
正弘は困惑した顔をして言った。

「私はこれまでここを通られたすべての方を覚えていますが、久保田美紀さんという若い女性は通られませんでした。亡くなったすべての方が天国に行ける訳ではありませんが、お嬢さんはまだ生きていらっしゃると思います」
「そうですか」
正弘は懐かしい満面の笑みを浮かべた。
「それでも最後にあなたに会えてよかった。娘と瓜二つのあなたに」
「こちらこそ喜んでいただいて幸いです」
彼女は穏やかに微笑んだ。

「こちらをまっすぐ進めば天国です」
案内人の丁寧な口調に従い、正弘は天国へと歩を進める。一度振り返ったが、女性は後ろを向いていて顔を見ることはできなかった。シロツメクサが小さく震えていた。どこからか涙が一粒だけ零れた。



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天国案内人(中)

2019-04-06 19:36:24 | 短編
ぽつんと取り残された一軒家で、久保田正弘は待ち続けていた。3年前に突然、姿を消した娘の帰りを。妻に先立たれ、大学に通う娘の美希と二人暮らしだった。帰りが遅くなる日には必ず連絡をよこした。

午後10時、11時、12時。帰ってこないのはともかく、連絡がないのが気がかりだった。最初のうちは正弘も、美希だって二十歳を過ぎた大人。遊びたい盛りだ。メールだって面倒な時もあると言い聞かせていたが、次第に良からぬ想像ばかりが浮かぶようになった。メールを送っても返してこない。電話もつながらない。正弘は自宅から出た。美希が帰ってくるであろう道をたどっていく。いつの間にか最寄り駅まで来ていた。時計に目をやると午前1時を大きく回っていた。

正弘は自宅で眠れない夜を過ごした。警察に連絡しようとも何度も考えた。しかし、小学生や中学生ではない。美希は大学生だ。一晩帰らないぐらいで警察というのも気が引けた。勤務先の市役所に欠勤の連絡をし、警察に電話したのは、結局、昼前になっていた。

失踪者の数は年間約8万人。その膨大な数を考えれば、治安のいい日本で凶悪犯罪に巻き込まれた可能性はそれほど高くはないはずだ。警察も全力を尽くしているだろう。正弘は美希の仲のいいと思われる友人と連絡を取り、彼女が姿を消した日の行動を調べた。どうやらこの日、美希は大学を午前中で早退している。「少し体調が悪い」と話していたが、それほど深刻ではなさそうだったことも、複数の友人からの証言を得た。正弘は少しだけ安堵した。深夜に友人と別れた帰り道、何者かに襲われたのではないかという不安は解消されたのだ。何か父親である自身に不満があったのかと胸に手を当ててみる。思い当たる事はないのだが、遅れてきた反抗期かもしれない。

正弘の妻、貴子は美希が中学生の時に病死した。まだ40代だった。勿論、正弘の落胆は大きかったが、それと同時に一人娘の美希が心配だった。結婚してからなかなか子供ができず、諦めかけていた時にようやく授かったのが美希だった。故に客観的にみれば、正弘も貴子も一人娘を溺愛していたのかもしれない。貴子が病死した時、美希は涙を流していた。しばらくは落ち込んでいるように見えたが、少しずつ以前の彼女に戻っていき、掃除や洗濯、それに多少の料理。死んだ母親の代わりをこなそうとしていた。



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天国案内人(前)

2019-04-05 19:55:26 | 短編
白髪頭の男性が、ゆっくりとした足取りで俯き加減で歩いてくる。しばらくして男性の足が止まり、顔を上げた。目の前には白のドレス姿の美しい女性。頭にシロツメクサの花冠を被っている。

「堀田耕作さん、67歳。間違いありませんね」
「はい。そうです。間違いありません」
「天国行きが決まりました。今、歩いてきた方向をそのまま真っ直ぐ進んでください。すぐに天国に入れます」

耕作は辺りを見回した。全体的に白く霧のようなものに包まれている。
「いや、ちょっと待ってください。私は死んだんですか?」
「はい。亡くなりました」
「入院していた記憶はないんですが」
「心筋梗塞だったようです」
「そうですか」
「はい」
「しかし、何とかならないもんですかね?」
耕作は少し、案内人の方を見て俯いた。
「といいますと」
案内人は怪訝な表情を浮かべた。
「ここを真っ直ぐ進めば天国という事は、引き返せば、元の世界に戻れるんですかね」
「つまり、生き返りたいと」
「まあ、そういう事なんですが」
「もっと生きたかったですか?」
案内人の口調は常に穏やかだ。
「ええ。こないだ、長男に二人目の孫が生まれたんです。初めての男の子で」
「会えたのですか?」
「はい。会えましたが、何せまだ生後3か月で、成長を楽しみにしているんです」
「結論から申しますと、残念ながら地上に戻ることはできません」
案内人の色白の顔は愁いを帯びていた。

「なぜダメなんでしょう?」
耕作は少し語気を強めた。
「あなたはすでに亡くなったのです」
「もし、引き返したらどうなるんです?」
「何も起こりません」
「というと?」
「見えない壁があり、そこから先へは進めないんです」
「そんなことはないはずだ」
耕作は独り言のように呟き、歩いてきた道を引き返していった。

30分ほど経っただろうか、耕作は戻ってきた。
「あなた、立ちっぱなしで疲れない?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「どうしても戻れません。あなたの言う通りだ」
「はい。残念ながら戻ることはできません」

案内人の女性は待たされた疲れも見せず、穏やかな笑みを浮かべていた。耕作はその女神のような顔をじっと見ていた。そしてしばらく考え込んだ末「わかりました」と案内人が示した天国への方向にしっかりとした足取りで歩いて行った。




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スピッツ「優しいあの子」あいみょん「ハルノヒ」

2019-04-04 19:12:53 | 音楽
記念すべき朝ドラ100作目「なつぞら」の主題歌はスピッツの「優しいあの子」。最近、午前八時は体を起こす格闘をしている時間帯ですが、何とか初回に聴くことができました。スピッツらしい曲ですね。

ボーカルの草野マサムネさんは大の朝ドラファンだそうで舞台となる北海道の十勝にも何度も足を運んだと言います。そこで感じたことは「十勝の冬の厳しさを意識せずにはいられなかった」そうです。そのため、タイトルの「なつぞら」とはマッチしない厳しい冬をイメージさせる歌詞が含まれています。

氷をちらす風すら 味方にもできるんだなあ
切り取られることのない 丸い大空の色を
優しいあの子にも教えたい

相変わらず格好いい歌詞。草野さんのキーワードの一つは夢だと思います。今回の広瀬すず演じるヒロインは草創期のアニメーションに情熱を傾ける夢追い虫の女性ですから、当然そうした言葉も盛り込まれています。

重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて
めげずに歩いたその先に 知らなかった世界

口にする度に泣けるほど あこがれて砕かれて
消えかけた火を胸に抱き 辿り着いたコタン

草野さんの描く夢は決して真っ直ぐな眩しい世界ではなく、「消えかけた火」に象徴されるように辛うじて抱えているものなんですよね。こういうところ、好きだなあ。

僕が今、よく聴いているスピッツの曲は「醒めない」とか「小さな生き物」あと季節柄「春の歌」。名曲ぞろいだから、その時によって好んで聴く曲は変わりますね。結局、一周回って「ロビンソン」というのもありがちです。


続いてあいみょんの「ハルノヒ」。これは、いいです。やはり今、勢いに乗っている人の作る曲なんですね。春の眩しさがよく表現されています。曲の良さに耳が引き付けられて、歌詞は北千住駅ぐらいしか入ってきませんでした。クレヨンしんちゃんの映画主題歌ということで少しひっかけたのかな。昔、僕がたまに北千住辺りをふらついている頃とはずいぶんイメージが変わりましたね。昔はもっと下町が剥き出しだった。
しかしよくよく歌詞を聞いてみると、曲に負けずカラフルです。銀色、水色、藍色と直接的にもかなり盛り込まれています。

君の強さと僕の弱さをわけ合えば
どんな凄いことが起きるかな?
ほらもうこんなにも幸せ

やはりあいみょんは僕目線が書きやすいようですね。

日々の辛さと僕の体が
だらしなく帰る場所を探し続けている
ほらもうこんなにも夕焼け
いつかの灯り思い出すとき
大切さに気付くのでしょう

さすが詩人あいみょん。もうすっかりクレヨンしんちゃんは頭になさそう(笑)

住み慣れた駅のプラットホーム
水色に挨拶
「お帰りなさい」と
小さく影を踏む幸せ

瑞々しい感性ですね。あいみょんというと「生きていたんだよな」のような現代社会を鋭く切り取るような詩も得意だけれど、「ハルノヒ」は全体的には幸福に包まれたような歌詞ですね。個人的には「マリーゴールド」よりも「ハルノヒ」のほうが好みかな。どちらにしても素晴らしい曲の出来栄えだと思います。今更ながら間違いなく彼女は本物でしょう。



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