白雲去来

蜷川正大の日々是口実

マスコミ関係者達と情報交換。

2009-02-16 01:59:12 | インポート

二月十四日(土)晴れ。故野村先生の誕生日。

 今日は、先生の誕生日である。お元気でいられたならば、今日で七十四歳になられる。起床後に、先生の遺影に手を合わせ、白菊を飾る。

 白菊の 白が溢れて とどまらぬ

 とは、野村先生が、獄中で恩師である三上卓先生の訃報を聞いたときに詠んだ句である。

 朝から、随分と電話が鳴ると思ったら、産経新聞の花田紀凱氏のコラム「週刊誌ウォッチング」に、今回の「新潮」の記事に対する感想の中に、私の名前が出ている。とのこと。メールも沢山入っていた。早速、読んでみて、家族と一緒に大笑い。毎日、顔を出してくれている、若い門下生の連中も、手を叩いて喜んでいた。 

 今日は、本来であれば、過日、敬天新聞社の白倉社主から頂いた焼酎「今日勝つ」をやりつつ、野村先生の誕生日を祝う予定であったが、急遽、「新潮」の記事に関して、都内某所で、マスコミ関係者との情報交換会を行うことになった。我々だけでは情報不足かもしれない、と思い、各自がお付き合いのある新聞や週刊誌の記者を招いての情報交換会である。それぞれ信頼できる人、と言うことだったので、安心して感じていることや、我々の「実証」も整理して話をさせて頂いた。驚いたことに、皆一様に、「蜷川さん。そんな大したことではありませんよ。『新潮』にも、マトモな記者もいまして、連中の話では、『どうしようかと、大慌て』ということですから。大体、蜷川さんはじめ関係者に『当て』もしないで、良くあんな記事が書けると、記者仲間では、笑いものですよ」。

 他の新聞社や雑誌社も、ほとんど同じような意見と言うことだった。そういえば、随分前に、「噂の真相」に、「野村先生の運転手をしていた」という「赤報隊の犯人」という男の記事が出たことがあった。私の機関誌で、そんな運転手は存在しないことを、事実を挙げて証明した。岡留氏とは、多少のお付き合いがあったので、その時は、笑い話で済んだが、今回はそうはいかない。

 お会いした記者氏らの話では、もう記事の信憑性よりも、「新潮社がどう幕引きをするのか、ということに皆、興味を持っている」とのことであった。

 五時過ぎに、古い友人のお店に久し振りに顔を出し、夕食を兼ねて軽く飲んだ。余り遅くなると大変なので、八時前に解散し、私は横浜へ。しかしまだ自宅に帰るには、少々早いので、サリーの店に顔を出したら、サリーパパや、仲良しのカメちゃんと彼の笑顔のステキな恋人がいて、先日、皆で一緒に行った小旅行の話などで盛り上がった。そのカメちゃん、私のブログのファンで、私の日常を良く知っているのには、赤面、汗顔、トホホといった感じでした。

 サリーの「店を閉めてラッキーの店に行こう」とのお誘いで、後から来た、YCCのAちゃんと、皆で山下町の「ラッキー」の店に行った。偶然に、元ゴールデン・カップッスのエディ藩さんも来店。軽い食事を済ませて、十二時近くに解散。

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産経の、花田氏のコラムです。 

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