白雲去来

蜷川正大の日々是口実

野村先生の句碑

2013-10-01 10:15:02 | インポート

九月三十日(月)晴れ後曇り。

目を覚ましたら八時。家にいるのは下の子供と私だけである。慌てて子供の朝食を作った。私は、「アコウダイのかす漬け」と「玉ねぎのスープ」に、お世話になっている方から頂いた「イクラの醤油漬け」。贅沢なものだ。

子供が、学校に行った後は、家の片づけを済ませてから、事務所にて手紙を五通書いた。遠路からの群青忌へのご出席が心苦しいので、その旨を伝える手紙である。さすがに、手紙を五通も書くと手が痛い。その昔は原稿も手書きだったが、ワープロからPCになって、手紙以外はほとんど手書きをすることがなくなった。

「燃えよ祖国」の「別冊」を作っている時に、野村先生の句碑をまとめてみた。句碑があるのは、まず菩提寺の浄発願寺、福岡の毘沙門寺岡さんの会社の敷地、先生のお父さんのお墓のある横浜市西区の、通称「赤門の寺」の東福寺、群青の会の正田暢鍵氏が建立した群馬県の雷電神社、そして前橋の大前田英五郎のお墓があることで有名な雷電山の五ヵ所である。そのうちに北海道にも建立してみたいと思っている。

Photo_3※有難いことです。

夜は、恒例の町内会の人たちとの飲み会。それでも調子が悪く、一時間ほどでお暇した。作家の山崎豊子さん逝去の報有り。合掌。


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2013-10-01 09:32:23

2013-10-01 09:32:23 | インポート

九月二十九日(日)晴れ。

お彼岸にお墓参りに行けなかったので今日にしようかと思ったら、上の子供が文化祭で学校に行ってしまったために、来週にした。朝食後は事務所で「燃えよ祖国」の「別冊」の印刷に汗をかいた。前号一九八号は頁の関係で「白雲去来」を掲載することが出来なかった。

過日、敬愛する愛国党の舟川孝氏と一緒になる機会があって、「燃えよ祖国」の最新号をご贈呈した。手にした舟川氏が開口一番「私は、この本の『酔』が一番好きなんですよ」と言って、後ろの方の頁をめくった。残念ながら頁立ての関係で最新号は、「白雲去来」を割愛した。ちなみに「酔」は、横浜の仙人、平澤次郎先生がかつて発行していた「言論」の中のエッセーである。私の「白雲去来」も平澤先生の「酔」も、ほぼ内容が同じの「酒中日記」であるから、同じ酔っ払いの舟川氏が間違えたとしても仕方がない。そんな舟川氏のリクエストに答えたわけではないが、「白雲去来」を「別冊」として作った。

夕方、どうも美味しいカツオを食べたくなって、横浜駅の「そごう」へ行った。「釣り」と書いてあるカツオが半身で九百八十円。少々高いが、そろそろシーズンも終わりなので、エイっと勢いで買った。これが高いだけあって大正解。美味いの何のって、「黒霧島」がすすんだ。

Photo※「別冊」の「白雲去来」。次の号に一緒に入れて送ります。写真は中華街の「香港路」です。


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