二月二十四日(月)晴れ。
午前中に、盟友から「戦線離脱」のメールが入り、心配になった。そのメールとは「人の世に楽しみ多し、しかれども酒なしにして何の楽しみ!」で始まり、本文は、我が兄、故阿部勉さんの酒の歌「春も酒」の一首、「数知れぬ過失は酒とともにあり その酒抱きてけふも堕ちなん」を引用して「断腸の思いで、酒をやめることにしました」。とあって愕然とした。
テレビのニュースで女流棋士の林葉直子が末期のアルコール性肝硬変で余命いくばくもないことを公表したばかりなので、もしや同じ病気か、それとも酔って何か間違いを犯し、御用となったのか心配になったので、すぐに「なぜ」と返信をした所、「医者として・・自分のカラダの管理が出来てなく情けない限りです」とメールが来た。余計に心配になって、メールでは埒が明かないので直接電話をした。
どんな答えが返ってくるのかドキドキしたが、本人いわく「呑むと度々記憶がなくなる。仕事柄、これでは困るので意を決して酒をやめます」。少し安心した。私だって、そんなことはしょっちゅうある。アルコール性の脳軟化症の前段階で、その気持ちは良く分かる。T転社のF本社長(こう書けば誰だか分からないだろう)なんて、歩く脳軟化症で、電話をしても酒臭い息が伝わってくるくらいだから三分前の約束さえ忘れている。
私もそうだ、「昨日待っていたのに、どうして来なかったのよ」。などと抗議の電話を貰うことがある。どうやら酒席で約束をしたらしい。本人は全く記憶がないので、???となる。だから、最近では飲む前に、何か約束をしたら、確認のために明日また連絡してね。と断りを入れる。若い同志などと飲む場合は、私は酒が入ると秘密が保てないので、大事な話はしないようにと、断ってから飲むようにしている。
たいした日々を過ごしている訳ではないので、酔って記憶が飛んでもそれほど差支えはないが、怪人、H川先生は仕事柄、そうはいかないのかもしれない。これからは「飲んでますかぁー」とメールが入らなくなるのが寂しい。体調を戻して、一日も早い戦線復帰を願うばかりである。
夜は、月に一度の町内のジジババたちとの懇親会を近所のラーメン屋さんの「たつ屋」で行った。途中から愚妻も参戦。H川先生のご冥福、ではなかったご快癒を祈って、中破・良飲の夜でした。