一月四日(水)晴れ。沖縄から羽田。
七時に起床。すぐに朝食。ムーンビーチホテルのバイキングは、可もなく不可もない。海を眺めながらテラスで朝食。私たちの部屋は、カーテンを開けると、何の景色も見えない。修学旅行の団体さんが使うような部屋だが、ベッドが二つに畳があって布団が二つ。四人には丁度良い。そうそうトイレも二つあって使い勝手が良い。ロケーションが悪くったって、今の時期、どうせ酔っぱらって寝るだけなので、景色などどうでも良い。
今日のスケジュールは、ホテルを出てから万座毛を見学。ここにも何度も来ている。初めて来たのは、昭和五十七年の七月のことだ。犬塚博英先輩や昨年の春に亡くなられた、当時沖縄の護国神社に奉職していた大野康孝氏などのお世話で、沖縄の祖国復帰十周年を記念して結成された民族派の学生青年有志沖縄戦跡慰霊巡拝団の一員として訪れた。もう三十五年も前のことだ。以来、沖縄に来る度にここにきている。しかし人が多いのには驚いた。ガイドさん曰く、秋の修学旅行シーズンになると、全国の学生に加えて中国人の団体が列をなし、写真どころではないとのこと。
その後、「パイン園」へ。まるで子供だましだが、まあ旅行会社のお土産所、という感じだった。その昔、別の場所のパイン園に行った時、初めてだと言う後輩たちに、「パインが木に生っていて、頭にぶつかるとケガをするので、なるべく帽子をかぶったり、タオルを巻いていた方がいいよ」と言ったら、本気にして、きょろきょろしていたのを見て大笑い。そう言う私も、初めてパインが生っているのを見た時は、へぇー。
次は、古宇利島と言う所に向かう。ガイドブックには「橋と海の絶景」とある。確かに美しい景色だが、この橋を架けるのにどれ程のお金が使われたのだろう。これも沖縄振興の一環かもしれない。多分。
最後は、美ら海水族館へ向かった。ここは初めて。大水槽に泳ぐ、ジンベエザメを見て、感動した。昼は、近くのホテルにてランチ。四時に、撤収して那覇空港に向かうが、バスで約二時間は少々きつかった。空港は、帰省客や観光客で一杯。どこのお店も満員で、やっと座れた。今回の旅は、ガイドさんの気配りがとても良く、感心した。このガイドさんがいて、楽しい旅となったと言っても過言ではない。沖縄に来ると、淋しく思うのは、盟友が、あることで沖縄を離れていることだ。家には、彼が書いて送ってくれた達磨大師の絵があり、毎朝手を合わしている。いつの日か、笑って沖縄で共に飲めることを祈って那覇を後にした。自宅に着いたのは、深夜十二時。旅装を解かぬままにすぐに着替えて布団に入った。今回の旅行をお世話頂いた、カメ&アコちゃんに感謝。
七時に起床。すぐに朝食。ムーンビーチホテルのバイキングは、可もなく不可もない。海を眺めながらテラスで朝食。私たちの部屋は、カーテンを開けると、何の景色も見えない。修学旅行の団体さんが使うような部屋だが、ベッドが二つに畳があって布団が二つ。四人には丁度良い。そうそうトイレも二つあって使い勝手が良い。ロケーションが悪くったって、今の時期、どうせ酔っぱらって寝るだけなので、景色などどうでも良い。
今日のスケジュールは、ホテルを出てから万座毛を見学。ここにも何度も来ている。初めて来たのは、昭和五十七年の七月のことだ。犬塚博英先輩や昨年の春に亡くなられた、当時沖縄の護国神社に奉職していた大野康孝氏などのお世話で、沖縄の祖国復帰十周年を記念して結成された民族派の学生青年有志沖縄戦跡慰霊巡拝団の一員として訪れた。もう三十五年も前のことだ。以来、沖縄に来る度にここにきている。しかし人が多いのには驚いた。ガイドさん曰く、秋の修学旅行シーズンになると、全国の学生に加えて中国人の団体が列をなし、写真どころではないとのこと。
その後、「パイン園」へ。まるで子供だましだが、まあ旅行会社のお土産所、という感じだった。その昔、別の場所のパイン園に行った時、初めてだと言う後輩たちに、「パインが木に生っていて、頭にぶつかるとケガをするので、なるべく帽子をかぶったり、タオルを巻いていた方がいいよ」と言ったら、本気にして、きょろきょろしていたのを見て大笑い。そう言う私も、初めてパインが生っているのを見た時は、へぇー。
次は、古宇利島と言う所に向かう。ガイドブックには「橋と海の絶景」とある。確かに美しい景色だが、この橋を架けるのにどれ程のお金が使われたのだろう。これも沖縄振興の一環かもしれない。多分。
最後は、美ら海水族館へ向かった。ここは初めて。大水槽に泳ぐ、ジンベエザメを見て、感動した。昼は、近くのホテルにてランチ。四時に、撤収して那覇空港に向かうが、バスで約二時間は少々きつかった。空港は、帰省客や観光客で一杯。どこのお店も満員で、やっと座れた。今回の旅は、ガイドさんの気配りがとても良く、感心した。このガイドさんがいて、楽しい旅となったと言っても過言ではない。沖縄に来ると、淋しく思うのは、盟友が、あることで沖縄を離れていることだ。家には、彼が書いて送ってくれた達磨大師の絵があり、毎朝手を合わしている。いつの日か、笑って沖縄で共に飲めることを祈って那覇を後にした。自宅に着いたのは、深夜十二時。旅装を解かぬままにすぐに着替えて布団に入った。今回の旅行をお世話頂いた、カメ&アコちゃんに感謝。