十一月十二日(火)晴れ。
昭和二十三年の今日、二年間にわたって行われた極東軍事裁判において東条英機元首相ら七名(松井石根、広田弘毅、土肥原賢二、木村兵太郎、板垣征四郎、武藤章)に絞首刑が言い渡された。そして木枯しの吹きすさぶ十二月二十三日に刑が執行された。霜の夜を思い切ったる門出かな。は武藤章の辞世である。こんな理不尽な裁判はない。この人たちが「戦犯」であるならば、原爆投下を許可したトルーマンも各都市を焼き尽くしたカーチス・ルメイも戦犯として断罪されなければならない。福岡に行った折には、広田弘毅の銅像に手を合わせてみたい。
恩師の野村先生は、自決の際にしたためた檄文の末尾にこう書いている。「いつの日か必ず有色人種である日本人が、白色人種と三年半にわたって死闘を展開した、真の意味が何であったかは、後世の歴史家が明らかにしてくれるであろう」。
朝食は、サバの文化干し。ローソンで買った「日本蕎麦」百円也。まあ値段通りだった。昼はあんころもち一個。夜は、牛筋の煮物、鶏の手羽の「塩麹」蒸し。お供は「黒霧島」。
昭和二十三年の今日、二年間にわたって行われた極東軍事裁判において東条英機元首相ら七名(松井石根、広田弘毅、土肥原賢二、木村兵太郎、板垣征四郎、武藤章)に絞首刑が言い渡された。そして木枯しの吹きすさぶ十二月二十三日に刑が執行された。霜の夜を思い切ったる門出かな。は武藤章の辞世である。こんな理不尽な裁判はない。この人たちが「戦犯」であるならば、原爆投下を許可したトルーマンも各都市を焼き尽くしたカーチス・ルメイも戦犯として断罪されなければならない。福岡に行った折には、広田弘毅の銅像に手を合わせてみたい。
恩師の野村先生は、自決の際にしたためた檄文の末尾にこう書いている。「いつの日か必ず有色人種である日本人が、白色人種と三年半にわたって死闘を展開した、真の意味が何であったかは、後世の歴史家が明らかにしてくれるであろう」。
朝食は、サバの文化干し。ローソンで買った「日本蕎麦」百円也。まあ値段通りだった。昼はあんころもち一個。夜は、牛筋の煮物、鶏の手羽の「塩麹」蒸し。お供は「黒霧島」。