昨日、「心友会」という長く続いている会に出席した。銀行時代に組合活動を共にした人たちの会だ。私が組合役員をやったのは、昭和43(1968)から44年にかけであるが、この会はその前後の人たちで構成されているから、参加者の平均年齢も70歳に近い。
日本のほとんどの組合はいわゆる企業内組合だ。終身雇用制の中で企業の発展と運命を共にする従業員は、やがて管理職となれば組合をはなれて経営陣になっていく運命にある。そのような中の組合は、何となく経営人事部の一管理組織的性格さえ持つ。事実、組合役員の要職を経て、それをステップに経営陣として栄達を極めていく例も多い。
私の勤めた某都市銀行の組合も、基本的にはその例に漏れるものではなかったが、他に比較して民主的、自主的気風を求める性格が強かった。企業内組合の性格を十分認識しつつも、「組合としての自主性を持とう」、「組合民主主義を守ろう」、「働くものの文化を育てよう」というような気風が強かった。
組合としての主体性、自主性、民主主義を貫いていけばいくほど経営側と対立することが多く、時として先鋭化する。そして、組合役員の中でもそれぞれの立ち位置は微妙に分かれていく。断固組合員要求の立場を貫こうとするものと、経営の立場を優先して考えるものとの立ち位置は、厳しい課題に直面するほど離れていく。同じ企業内組合の中にあっても。
昨日の「心友会」に集まった面々は、その中にあって組合民主主義、組合員の要求実現を最重点に組合活動を行ってきた自負をもつ人たちだといえる。当然のことながら経営からは疎まれたが、そこに生き甲斐とプライドを持った人たちだ。
当時高度成長下にあって、日々つのる労働強化や収益第一主義の施策の中で、団体交渉で、「経営は“企業の論理”を貫くだけでなく“人間の論理”の立場に立て」と要求したことがある。これは今考えれば、収益第一主義を規制しようとするかなり先鋭的な要求であった。「心友会」――“心の友の会”に集まる人たちをつなぐ「心」とは、この“人間の論理”であったのかもしれない。
「心友会」という名前の名付け親は今は亡きK氏であるが、ご存命中に真意を尋ねる機会を失ったことを残念に思っている。
名付け親のKさんも、現在もそうやって皆さんが繋がっていることを嬉しく思い、そして見守って下さっていることと思います。。
心の繋がりを持てるって人間として一番大切なことですよね。
プラズマさんが役員をしていたころはまだ生まれていないのですが(1975年生まれです)
最近は繋がりを持たないように生きる方が多い気がします。
私はネットを通じてプラズマさんと繋がっていることが嬉しいです♪
最近の殺伐とした事件は、モカさんの指摘するように、その裏に「心のつながりを欠いた人間関係」があると思います。何か恐ろしくてぞっとする事件が続き、「これからどうなるのだろう」と心を痛めています。ご指摘のように、「心の友」を大事にして生きていこうと思っています。