大島渚が亡くなった。
私の世代だと映画監督としては「戦メリ」くらいで、後は「朝まで生テレビ」くらいの印象しかない。しかし大島渚といえば、何と言っても野坂昭如との殴り合い映像が最も印象的である。
事の発端は大島渚の何十年かの結婚記念日で、友人の野坂昭如に祝賀のスピーチを頼んでおいたことに始まる。見かけによらず、野坂は几帳面に原稿を書いて準備していたのだが、いつまでたってもお呼びがかからず、そのまま会はお開きになってしまった。その間、彼は飲み続けていた。その後、大島渚は、野坂がまだスピーチしていないのに気づいて、あわてて彼を壇上に呼び上げ、用意したスピーチをしてもらった。
殴り合いは祝いの原稿を読み終え、大島が「ありがとうございました」と言葉を発した直後に、野坂のグーパンチが大島の顎に決まった。大島のメガネは飛び、一瞬よろけるが、「失礼はしたが、殴ることはないだろう!」とつかさず反撃に転じ、持っていたマ イクで野坂の頭を殴りつけた。すでに酔っ払っていた野坂は、一発殴ったあとは、大島の攻撃に避けもしないで、頭をマイクで殴られ続けていた。このあたりで映像は終わっている。
これほどまでに、大勢の前でしかもカメラの前でいいおやじ同士が殴り合いを繰り広げるのはめずらしい。しかもふたりは著名人である。その後、野坂が詫びの文章を雑誌に掲載して、一応ケリとなった。
「殴ったことを誇っているわけじゃない。ほんとうに悪かった。しかし殴る相手がいたことをうれしく思う」と、謝ったようにみせながら、「うれしく思う」と、文学者らしく結んで、上手に和解している。
今となってはあの元気も遠い昔話である。野坂氏も今や脳梗塞でリハビリ中で、めっきりメディアにでることはなくなった。私たち40代からすれば、父親が団塊世代なのでその上司にあたる世代だ。昭和ひと桁生まれで、ちょうど日本の血の気の多いのは、この頃だと思われる。
なんだか少し前の気もするが、もう20年以上も前の話である。
とりあえず合掌。
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私の世代だと映画監督としては「戦メリ」くらいで、後は「朝まで生テレビ」くらいの印象しかない。しかし大島渚といえば、何と言っても野坂昭如との殴り合い映像が最も印象的である。
事の発端は大島渚の何十年かの結婚記念日で、友人の野坂昭如に祝賀のスピーチを頼んでおいたことに始まる。見かけによらず、野坂は几帳面に原稿を書いて準備していたのだが、いつまでたってもお呼びがかからず、そのまま会はお開きになってしまった。その間、彼は飲み続けていた。その後、大島渚は、野坂がまだスピーチしていないのに気づいて、あわてて彼を壇上に呼び上げ、用意したスピーチをしてもらった。
殴り合いは祝いの原稿を読み終え、大島が「ありがとうございました」と言葉を発した直後に、野坂のグーパンチが大島の顎に決まった。大島のメガネは飛び、一瞬よろけるが、「失礼はしたが、殴ることはないだろう!」とつかさず反撃に転じ、持っていたマ イクで野坂の頭を殴りつけた。すでに酔っ払っていた野坂は、一発殴ったあとは、大島の攻撃に避けもしないで、頭をマイクで殴られ続けていた。このあたりで映像は終わっている。
これほどまでに、大勢の前でしかもカメラの前でいいおやじ同士が殴り合いを繰り広げるのはめずらしい。しかもふたりは著名人である。その後、野坂が詫びの文章を雑誌に掲載して、一応ケリとなった。
「殴ったことを誇っているわけじゃない。ほんとうに悪かった。しかし殴る相手がいたことをうれしく思う」と、謝ったようにみせながら、「うれしく思う」と、文学者らしく結んで、上手に和解している。
今となってはあの元気も遠い昔話である。野坂氏も今や脳梗塞でリハビリ中で、めっきりメディアにでることはなくなった。私たち40代からすれば、父親が団塊世代なのでその上司にあたる世代だ。昭和ひと桁生まれで、ちょうど日本の血の気の多いのは、この頃だと思われる。
なんだか少し前の気もするが、もう20年以上も前の話である。
とりあえず合掌。
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