ちゃ~すが・タマ(冷や汗日記)

冷や汗かきかきの挨拶などを順次掲載

『不毛地帯』を読み終わる

2009年10月04日 22時10分11秒 | 
山崎豊子『不毛地帯』(新潮文庫)を読み終わった。
ドラマ化されるのだが、主演の唐沢寿明では主人公の壱岐のイメージと違うように思う。壱岐のモデルとなった瀬島龍三(1911‐2007)のことを調べてみる。

戦前と戦後の関係を考えてしまう…。中曽根内閣の際には、臨調行革、臨教審などにも関与した。

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シベリア抑留から帰還後、1958年に大手商社の伊藤忠商事に入社する。入社3年目の1961年には業務部長に抜擢され、翌年に取締役業務本部長、半年後に常務となる。その後も、1968年に専務、1972年副社長、1977年副会長と昇進し、1978年には会長に就任した。

帝国陸軍の参謀本部の組織をモデルにした「瀬島機関」と呼ばれる直属の部下を率いて、伊藤忠商事の総合商社化などに辣腕をふるった。

1981年に相談役、1987年に特別顧問に就く。この間、中曽根康弘政権(1982年~1987年)のブレーンとして、第二次臨時行政調査会(土光臨調)委員などを務め政治の世界でも活躍した。84年に勲一等瑞宝章を受章。他にも亜細亜大学理事長、財団法人千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長、財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会名誉会長などの公職を歴任した。2000年、伊藤忠商事特別顧問を退任。