WESTWOOD -手作りビンボー暮らし-

持続可能な社会とは、必要なものはできる限り自分(達)で作る社会のことだ。衣食住なんでも自分で作れる人が偉いのだ。

昭和展

2014年10月07日 | えぶりでいず3丁目の夕日

けいほくクラフトの会場となっていた「あうるけいほく」では、館内ロビーで「昭和展」が開催されていました(10月26日まで)。

昭和の茶の間。

囲炉裏は京北ならでは。私が少年時代をすごした昭和30年代の京都市内の民家では、さすがに囲炉裏の家はほとんどありませんでした。

でもまあ、丸いちゃぶ台に水屋、ゼンマイ式振り子時計は懐かしい。30年代にはまだ私の家にテレビはなく、家計に余裕のあった近所の友人の家に見せてもらいに行ったものでした。その友人宅には近所のビンボーなガキ共数人がよく集まってはテレビを視せてもらっていました。

「月光仮面」とか「少年ジェット」、「怪傑ハリマオ」、「ジャガーの眼」。内容は、今のバラエティー番組のお笑いコントレベルでしたね。でもワクワクドキドキしながら夢中で視てました。

 うちにテレビが入ったのはいつごろだったんだろう?NHKの「ジェスチャー」とかアメリカマンガの「ポパイ」とか「名犬ロンドン物語」はうちで視ていたような気が。
 大好きだったファミリー西部劇の「ララミー牧場」。ジェス・ハーパー(ロバート・フラー)の超カッコイイ二丁拳銃のガン捌きや淀川さんの「サヨナラ、サヨナラ、...」が今でも記憶に焼き付いてます。
 チャンネルの接触が悪くて映らなくなるとガンガン叩いて復旧させたものでした。そんな時代に育った私たちは、電化製品ってのは故障しても叩けば直るものっていう観念が植え付けられてしまった。パソコンやケイタイの調子が悪いと思わず叩いてしまうそこのオトーサン、同世代ですね

お宝?の数々。

水鉄砲霧吹き式殺虫剤噴霧器。

うちにあったのは先端がまさに霧吹きそのまんまの形だった。でも薬液は詰め替えできたし、今の使い捨てスプレー缶よりずっとエコだった。

パン焼き器。

チーズフォンデュー鍋のような形ですが、まさにダッチオーブンじゃないですか!
“都会っ子”だった私の子供時代にはこんなものは見た記憶はない。早くからテレビもあったようだし、京北って、田舎のわりには結構ハイカラだったのかも。

自転車の車輪。

タイヤは今で言う「ノーパンクタイヤ」!。ま、要するにチューブが無いただのゴムの塊。乗ってる間はさぞかし尻が痛かったんだろうな。リムはフックで開閉できるようになっていてタイヤ交換はフックをはずしてやったものと推測される。

赤紙。死出の旅への片道切符。

「興亜進軍」旭日旗。
安倍ちゃんはじめ“靖国派?”の方々には垂涎のアイテム。

統制、洗脳され最前線で“弾除け”や“人間爆弾”、果てはジャングルで飢え死にとまさに“犬死に”を強いられた。エライ人たちは口ばっかりでゼッタイに最前線には行かない。「慰安所」でも行かなきゃやってられるか、ってか。

大政翼賛、大本営発表、のお先棒を担ぐ伝統は現代も脈々と続く、文芸春秋社。
 

目次に「士族授産と転失業」の記事。「武士も食わねば高楊枝」ってか。

こんな広告も。
 
オボちゃんで有名な理研ビタミン、強力男性ホルモン飲んで立派な皇軍兵士におなんなさい。
スマトラでマラリアにやられたら、これ。

いやいや、食いもんさえ無いのに薬なんかあるわけ無いか。

「戦陣訓」

要するに、「国体護持のためには命を惜しんではならない」と書いてある。

「銃後」の国民のバイブル。

「防空マニュアル」なんか配らなければならない時点ですでに負けでしょうが。ヤレヤレ。お偉方はいっつも銃後の、そのまた後ろの要塞にお隠れあそばしているのよね。

中を見ると、

第1章 空襲判断、一、「空襲は必ず受ける」って、オイオイ。
以下、空襲されたときの対策がつらつらと書いてある。

“壊れかけのradio♪”いやすでに国もろとも壊れてしまったラヂオ。

これで敗戦の「玉音放送」が流された、のかな?「タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノ」んだのはオマエぢゃねえんだよ。

そして、世の中は“コペ転”、「みんしゅしゅぎ」の時代へ。

ガリ版。学生時代にはお世話になりました。

「桑園」。北桑田郡学生会機関紙。

先の文芸春秋社「現地報告」と比べるとまさに“コペ転”。
ど田舎(失礼)京北にも革命の嵐が..。興味ある方はクリック拡大してお読みください。

 かの香港といい、熱くなるのはいつの世も学生達。そして熱き青年達もいずれは“オトナ”になっていく。「もう、若くはないさと~、君に言い訳したね~」。「イチゴ白書」ですな。
 今の京北は、「『死んだら靖国に祀ってやる。喜んで国体護持のために死ね』と約束したんだから左翼のバカどもが靖国のことをつべこべ言うな」なんて神主がいるくらい。ま、日本全体も似たようなもんか。

熱き若者がある一方で享楽の世界があるのはいつの世も同じ。

「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」

「てなもんや三度笠」はうちのテレビで視てました。大本営の時代に、胡散臭い理研ビタミンや男性ホルモンぢゃなく、これと「グリコ」があれば皇軍ももうチョイ頑張れた...かも。

ハイファイだぜい!。「ナショナルキ~ッド~♪」。昔ナショナル、今パナソニック。
17,900円は当時の大卒初任給くらいかな。

白物家電の王様、もう一発。う~ん、斬新なデザイン?

ライバル。昔東芝、日立、今じゃアイリスオーヤマ。


手回し搾り器。知ってる人は年バレる。これにテレビプラスして「3種の神器」と言った。

メグロYA。20万円!

ロータリー式ギヤチェンジを始めて開発した老舗だったが、ホンダなど後発メーカーの小型高性能化について行けずカワサキに吸収された。