●PTSD訴訟で被害女性が「逆転勝訴」 30年前の性的虐待の損害を認定
ダイヤモンド 2014年9月25日 池上正樹
幼い頃、繰り返し受けた性的虐待により、PTSD(心的外傷ストレス障害)などを発症したとして、最後の被害を受けてから20年以上経過した2011年4月、北海道釧路市出身の提訴当時30代の女性が、親族の男性に約4170万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、札幌高裁(岡本岳裁判長)は25日、女性の訴えをほぼ全面的に認め、3000万円余りの支払いを命じる“逆転勝訴”の判決を下した。
1審の釧路地裁の河本昌子裁判長は2013年4月、男性による性的虐待行為や姦淫行為の事実を認め、PTSDなどとの因果関係も肯定しながら、「すでに20年の除斥期間が経過している」として、訴えを退けていた。
3歳~8歳だった原告女性に
わいせつ行為を繰り返した親族男性
女性は同年9月、親族の60代男性から、1978~1983年にかけて複数回、性的虐待行為を受けたことにより、PTSD、離人症性障害、うつ病などを発症、損害を被ったとして、1審の請求額を上回る4100万円余りの賠償を求めて札幌高裁に控訴。裁判では、幼少の頃に受けた性犯罪とPTSDとの因果関係を本人が認識できていなくても、民法724条で定める20年という「除斥期間」が経てば、損害賠償請求権は消滅してしまうものなのかどうかが争われてきた。
判決要旨によると、被害者女性の供述は、「性的虐待行為の具体的な時期、及び内容について、その記憶のとおりに述べたものとみるのが相当である」のに対し、被告の主張は「その正確性に疑いを入れざるを得ない」ことから、概ね原告が主張するとおりのものであったと認めている。
裁判所が認定している事実概要は、次の通りだ。
1978年1月上旬、被告は祖父母宅において、当時3歳10ヵ月の原告に対し、体をなで回すなどの行為をした。
以来、被告は祖父母宅において、毎年1月上旬と8月の2回、原告へのわいせつ行為を繰り返し、行為をだんだんとエスカレートさせていく。
そして、82年8月中旬、被告は祖父母宅において、当時8歳5ヵ月の原告に対し、布団の中に引き込み、着衣の上着を脱がせた上、わいせつ行為に及んだ。
翌83年1月上旬には、被告は祖父母宅において、当時8歳10ヵ月の原告に対し、布団の中に引き込み、着衣を脱がせて裸にした上、わいせつな行為を行ったうえで、姦淫するに至った。
これに対し、被告側は、原告の身体を触るなどの行為が81年1月から83年1月までの4回程度あったことは認めたものの、姦淫行為があったことなどは否認していた。
除斥期間の起算点は
女性がうつ病発症した2006年に
女性はその頃から、フラッシュバック、睡眠障害、回避症状、離人体験、自傷行為などに悩まされてきた。
2006年9月頃からは、著しい不眠、意欲低下、イライラなどの症状に悩まされ、うつ病の疑いと診断。08年頃になると、仕事がまったくできない状態が続いていた。
しかし、2011年3月11日の東日本大震災の報道をきっかけに、自らが苦しんできた諸症状がPTSDによるもので、その原因が性的虐待行為にあることを自覚するに至った。同年4月には、医師から「心的外傷後ストレス障害・抑うつ状態」と診断された。
それに対し、被告側は1審で、被告男性自らが行為を行ってから25年以上が過ぎ、原告の女性がうつ病やPTSDと診断されたのも「ごく最近である」として、「原告の症状は、いまの結婚生活など、これまでの生活状況がストレスになっている可能性が高い」などと主張していた。
判決要旨によれば、精神科医の尋問を踏まえ、原告は被告から性的虐待行為を受けたことにより、83年頃、PTSD及び離人症性障害、高校在学中に摂食障害を発症。06年9月頃、うつ病を発症したものと認めている。
PTSD及び離人症性障害、摂食障害を発症したことを理由にした損害賠償請求権は、原告が訴訟を起こした11年4月には除斥期間が経過している。
ところが、06年9月頃に発症したうつ病は、PTSD及び離人症性障害、摂食障害に基づく損害とは質的にまったく異なるものである。また、うつ病の損害は、性的虐待行為が終了してから相当期間が経過した後に発生したものと認められるとして、除斥期間の起算点は、損害の発生したとき、つまり「うつ病が発症した06年9月頃」というべきだとしている。
請求額については、性的虐待行為により被った過去及び将来10年間の治療関連費や慰謝料など、3000万円余り(ほぼ1審の請求額)が認められた。
“魂の殺人”を踏まえた今回の判決
子どもは虐待を打ち明けられない
PTSDの発症時期は、5~6歳のときから始まっているので認められないと切られている。ただ、うつ病は、性虐待から派生していると判断されているため、実質的には性虐待以降の子ども時代、進学、就職、結婚といった彼女のライフステージごとの損害が認められた格好だ。
原告団の秀嶋ゆかり弁護士は、こう話す。
「彼女はずっと同じ話をしてきた。高裁で本人と精神科医の尋問が行われたことも大きい。性暴力でいわれる“魂の殺人”という実態を踏まえた判断をしてくれた。判決後、彼女は“子ども時代に訴えることはできない。裁判を起こすことはとても大変だった”と話していて、時効の起算点がずらせないという仕組みの改善や、本来なら刑事で処罰してほしかったのに民事しかなかったことなど、法改正の必要性を訴えています」
子どもは、加害者から口止めされたり、性的虐待を打ち明けることで自分が家庭を壊してしまうのではないかと悩んだり、家庭が壊れたら孤立を余儀なくされるのではないかと考えたりして、なかなか虐待の事実を打ち明けることができない。
長年、自分の心に封印してきて、いまも声を上げることをためらい、悩み続ける当事者たちにとっても、勇気を与えてくれる画期的な判決となった。
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