オレは自分で言うのもなんだが、根っからの殺し屋だ。情や感傷なんてものは、そもそも持ち合わせていない。オレの職業は国際的なスナイパー。スナイパーをドイツ語で言うとein Heckenschütze,ロシア語でснайпер, フランス語ではun tireur embusqué,イタリア語でun cecchino,スペイン語でun francotirador,ポルトガル語でvigia,中国語で狙?者というが、韓国語はいま勉強中なのでわからない。
オレがかれこれ30年以上も、超一流のスナイパーとしてやってこれたのは、恐らくふだんの弛まぬ厳しい鍛錬による超人的な肉体と頭脳、精神力によると思っている。狙撃成功率は99.6%以上(第三者の妨害、銃の故障、急病などの偶発的な障害による不調を除けば成功率100%)。この驚異的な成功率から口コミで評判が広がり、依頼者が後を絶たない。こんなオレの完璧な仕事ぶりから、しばしば「マシーン」とも呼ばれている。
そんな完璧なオレだが、実は唯一の今でも克服できない弱点がある。あまり知られていない病気なのだが、ギラン・バレー症候群に似た原因不明の持病で、突然右手がしびれて動かなくなってしまうのだ。この病気が起こった際は、もちろん、危険に対応する能力が低下してしまうので、しばらくの間仕事を休んで各地にある別荘のいずれかで治療のための休養をとることにしていた。
そんなわけで、先月に発症したオレは8月の下山田町にいた。人里離れた別荘から食料品や日用品の買出しに町にやってきた俺の目に、スーパーの店のドアに張られた一枚のポスターが飛び込んできた。
<なになに。毎年8月中旬頃開催される夏まつりと花火大会か。夜店や屋台が多数出店し歌謡ショーや伝統芸能などのステージイベントが行われるだと。花火は20:00~21:00、打ち上げ数は約1500発か。>
殺し屋であるオレは、本来は人ごみを避けるのが常だ。なぜなら、オレは病的に臆病なため、背後に人に立たれたり、唐突に物音を立てられるとその方向に銃を構え、時には発射してしまうという癖があるためだ。だが、この時は魔がさしたとしか言いようがない。まあ、こんな田舎では、突然、襲われても対処できる自信が充分にあるにはあるのだが。いろいろな事情と言うものがあって、オレはこの夏祭りにぶらっと参加してみようという気になっていた。
(明日へ続く)
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