あの男はなんだったのだろう。リアルタイムゴーストカメラとあるから、やはり、ゴーストだったのだろうか。
その夜から、それが始まった。深夜にアパートの部屋で寝ていると、ガンガンと誰かがドアを叩くのだ。その音が聞こえると同時に、俺は金縛りにあって身動きが取れなくなってしまう。必死で、手足を動かそうともがいているうちにドアを叩く音は止み、そして、俺は金縛りから解放される。いつも、その後は、全身から冷たい汗が噴出していた。それが夜中に何度も続く。眠りに入ると、ドアを叩く音が聞こえてくるのだ。
「金縛り」は、「脳からの指令が筋肉に伝わらず、動けない状態」を言う。夜、眠っているときは、レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返しているが、夢を見るのはレム睡眠の間で、金縛りはレム睡眠と関係がある。つまり、寝入りばなで脳が働いているのに、脳からの指令が筋肉に伝わらず、動けないことが原因である。小さい頃はよく金縛りに会ったものだが、さすがに大人になってからは一度もなかった。
しかし、あのウェブカメラで正体不明の男を見かけてからは、毎晩のようにアパートのドアがノックされ、しかも、金縛りに会って身動きが取れなくなってしまうのだ。ノックの音が、いたずらではないことはすぐにわかった。翌朝、階下に済む大家に聞きに行くと何も聞こえなかったと言うのだ。俺は幻聴を聞いているのだろか。
たまりかねて大家に相談すると、霊能者という年配の女性を紹介してくれた。うさんくさい格好をしたその中年女は、ひととおり話を聞くと、「朝になるまでは絶対に扉を開けるな」と言っただけで一万円を請求してきた。
どうやら、ウェブカメラに写っていたのは、やはり幽霊だったようだ。でも、俺は恨まれることは何もしていない。ただ、ネット越しに目が合っただけじゃないか。
すでに一週間が経とうとしていた。毎晩、寝入りばなにドアを叩く音が聞こえてくる。そして、その間中、金縛りになっていた。眠る時間をいろいろ変えてみたが同じだった。ここ数日は、まともに寝ていない。
睡眠不足からくる頭痛で、どうにかなりそうだった。そして、とうとう、気を失ってしまったのかもしれない。目が覚めると、あたりが明るい。<ああ、ようやく朝か> ドアを叩く音も止んでいる。目をこすりながら、よどんだ空気を替えようと、窓を開けた。
外はまだ、ま っ く ら だ っ た。
おしまい