わが国全体の医療費は、高齢化社会の到来に伴って年々増加傾向にあるのだが、わが国の医療材料や薬剤価格が他の国と比べて高いにもかかわらず、2005年における総医療費の対GDP比は7.9%と先進国の中で最も少ない。また、医療制度改革で国民の直接負担は増加する一方なのだが、国の負担はむしろ減っている。現時点での医療費の個人負担は、原則、3~69歳の患者は3割だ。外科の場合は高額な薬剤や、医療材料などを頻繁に用いることはなく、手術の診療報酬が医療費の大部分を占める。
こうした状況の中、70%の病院が赤字経営で、病棟・病院の閉鎖や統廃合が進んでいる。病院は見た目よりも、案外もうかっていないのだ。また、医療訴訟などのリスクの大きい産科、小児科、内科、外科は数が足らない状況であり、満足な治療が受けられない状況となってきている。このままでは、医療費削減によりダメージが大きい産科を先頭に、地方から中央へ、さらには英語のできるエリート医師はみんな海外に流出してしまうかもしれない。日本の病院医療は崩壊してしまう危機に瀕しているのだ。
今のところ日本人医師の海外への大量流出は、まだ顕著になってはいない。ただし、彼ら医師の本音を聞くと自分達の子供の将来には不安を感じているようだ。
<このままだと日本の大学はヤバイ。たぶんダメになっている。今だってこれなのに、よくなるはずはない>と彼らは言う。
実際のところ、ある程度高齢になったらインドネシアやシンガポールなど海外の病院に移る医師はいる。腕のいい医師、エリート医師が厚遇されることがなく、どの医師にも均等に診療報酬が配当される今の日本のやり方では、待遇に不満のある力のある医師達は、やがて、自分の実力を応分に認めてくれる海外へ行く。資源小国の日本は、経済がダメになるだけでなく知力でも勝てなくなったら未来はない。財務省は医療費削減を絶対とし、厚労省は診療報酬を下げたいらしいが、それは優秀な医師が日本を抜け出す機会を広げるだけだ。数値目標だけの医療費削減は亡国の策であることに、政治家も官僚もまったく気づいていない。
今の日本で、赤字に苦しむ病院がとる経営意方針としては、少しでも医療コストの高い治療を優先的に施すことであるのは当然の帰却だ。だから、外科に関して言えば、長期に渡る入院患者の面倒を見るよりも、新しい患者を獲得していかに手術の数をこなすかにかかってくる。そのうえ、特に椎間板ヘルニアに対して腕の立つと評判の医者がいる病院では、手術を希望する患者で入院が順番待ちとなっている。
こんな事情から、入院患者と医師との間で入院継続に対するせめぎ会いが起こる。
医者にとってみれば、手術の経過が順調で特に問題がなくリハビリしか患者に要求することがなくなれば、その患者は邪魔でしかなくなる。もう手術の必要のない患者の入院医療費では、日本の病院は儲からないシステムだからだ。
だから、医者は治療の必要のない患者に対しては、退院しての自宅養療を無理やり勧める。一方、患者としては、歩くこともかなわない不安な状態で完全看護の病院から追い出されそうになるので、せめて松葉杖がとれるまではと退院の先延ばしを医者に請う。
実際、松葉杖をついての自宅での養療は、長い入院生活ですっかり体力が落ちてしまうこともあって、日常生活には相当の不自由をきたす。松葉杖の歩行は意外と体力を使う。真冬でも300mも戸外を歩くと汗が吹き出してくるし、上腕や脇がかなり痛くなる。いつかは退院しなければならないのだが、万が一慣れない松葉杖で転んでひどいことになったらと、患者側からしてみれば退院には不安にならざるを得ない。こうして担当医と患者の退院時期についてのせめぎあいは、病室での日常行事にように毎日繰り返される。