『絶対貧困』を読んだ、逞しく稼ぎ子どもを産み育てる営みに心を寄せた
今日は4月1日、エイプリルフールだ。でも、最近は「うそをつく」のは難しい。何でだろう。そして今日は多くの事業所で、新入職員が入ってきた。我が法人にも40名近い新人さんが入り、今日から研修を受けている。とても新鮮な印象を受け、この若者たちが明日の法人を支えてくれると思うと、何だかワクワクした。まちを歩くと、今どこでも桜が美しく咲いている。
さて、このところ本を幾冊か読んだ。その中の一冊に、石井光太著『絶対貧困 世界リアル貧困学講義』(新潮文庫)がある。その同じ著者の東日本大震災関連の本で、先に読んだ『遺体―震災、津波の果てに―』(新潮社刊)の感動を受けての読書の連鎖だ。
先の『遺体』では、釜石の遺体安置所に関わった民生委員や検死の医師や歯科医師、そして市職員などの行動と思いを克明に記録しており、そのルポルタージュには深い感銘を受けた。その後、この本を原作として、西田敏行主演で「遺体 明日への 十日間」として映画化された。もちろんその映画も見に行った。やはり、心打たれた。
そうした経過を経て、手に取ったのが、石井光太著『絶対貧困 世界リアル貧困学講義』だ。この本は「スラム編」「路上生活編」「売春編」の3つに分けて、そこで生きる人々の暮らしを、全14回の講義という形で詳しく報告している。
著者によると、世界の人口約67億人の中で、「絶対貧困」層は、「1日1ドル以下で生活している人で12億人(約5人に1人)」(因みに、「1日に2ドル以下で生活している人は30億人〈約2人に1人〉」)と書いている。
そして著者は、「『貧しさ』はあまりに画一的に語られてはいないか。スラムにも、悲惨な生活がある一方で、逞しく稼ぎ、恋愛をし、子どもを産み育てる営みがある」と書いている。こうした暮らしの実態やそこで暮らす方々の思いを少しでも知ることができて、感謝している。
この本を読んで、私は常日頃「貧しい暮らし」と我が生活を表現しているが、この本に書かれている人たちの暮らしぶりに、我が認識の甘さを深く恥じた。そして、もっと強く逞しく生きなければと思った。そして同時に、石井光太氏の著作をもう少しだけ読んで見ようと思ったりもして、予約カードにも書いた。
桜が咲き誇る旭川の土手を車を走らせた、母を乗せて走ったことを思い出した
今日から4月。桜の季節だ。今年の桜の開花、とても早かった東京など全国的な状況と比較すると、岡山は少しだけ遅いがそれでももう満開寸前だ。お隣の香川でも桜の満開宣言が既に出されている。そんな桜を観たいと、昨日は旭川の土手を車を走らせた。「さくらカーニバル」も開幕しており花見客もたくさんだった。
桜が満開に近いそんな旭川の土手を車を走らせていると、「桜を見ようか」と病院を退院したばかりの母を乗せて、少し遠回りになるが旭川の土手を車を走らせた時のことを昨日のように思い出した。あの時の母は、ずいぶんと喜んでくれた。
もっともっと親孝行をしておけばよかったと、未だに忸怩たる思いでいる。桜の季節になると、いつもそんなことを思い出す。ともあれ、桜の満開は近い。今年はまだ一度もお花見をしていない。お花見に行かなければと、少しだけ焦る気持ちでもある。