上村吉弥を襲名して20年の節目、南座第21回歌舞伎鑑賞教室で魅了された
先に阪急渋谷駅での松たか子と篠山紀信のコラボを見に行ったことをアップしたら、さすがに相当のひんしゅくを買ってしまった。「いい年をして」とか「何を考えているのか、することはないのか」等々だ。
その批判は無理からぬもので、さすがに松たか子だけでは大阪に行く決断はできる筈もない。過日お世話になった上村吉弥丈の襲名20年の節目の年の京都・南座「(第21回)歌舞伎鑑賞教室」を観に行く所用があり、そこでまずは大阪で降りて松たか子の笑顔と出会い、その後京都・甘味処「みつばち」へ行くことを日程に組み込んだというわけだ。故に、お許しを。
さて、今回の上村吉弥丈の演目は「藤娘」。私たち「おかやま・歌舞伎・観る会」が2000年に主催・開催した「岡山城かがり火歌舞伎」で、その「藤娘」を舞っていただいた。
その吉弥丈の楽屋には、演目に因んでフジが置かれていた。ご贔屓が、今回の公演に合わせて咲かせて届けられたとのことだ。まさに、たくさんの方々の愛情に囲まれていることを感じた。
そして吉弥丈とともに先頃岡山で美しい素踊りを披露したいただいた上村吉太朗丈は、昨年の「連獅子」に続いて、「供奴」を見事に努めていた。まだ名題にも昇進していない小学校一年生になったばかりの上村吉太朗丈が、独りでこうした大きな舞台で舞う機会を与えていただけることはとても光栄なことだと思うし、応援している身としてとても嬉しい。それにしても、とても立派な舞台だった。
この吉太朗丈に出演について、上村吉弥丈のブログで、吉太朗丈の歌舞伎への情熱を讃えつつ、自身がさらに精進して、弟子の上村純弥丈や吉太朗丈を支えたいと綴られている。さらなる飛躍を心から願う。
今年は「阿国かぶき発祥四百十年」、南座「歌舞伎ミュージアム」を楽しんだ
今年は「阿国かぶき発祥四百十年」の節目の年。南座横には「阿国歌舞伎発祥之地」の碑があり、近くの鴨川の土手には出雲の阿国の像も建立されている。
そんな京都・南座は、歌舞伎発祥の地に今も残る、元和年間(1615~1623)に公許された日本最古と言われる劇場だ。そんな南座で、「阿国かぶき発祥四百十年」を記念して「歌舞伎ミュージアム 南座2013」が開催されている。
ミュージアムでは、「南座のもつ歌舞伎劇場特有の構造や館内に点在する美しい意匠が随所に光る調度など、"登録有形文化財としての南座"の魅力を隅々までじっくりとご覧ください」として、「“文化財としての南座”を観覧」できるようになっている。
まずは「歳末の『吉例顔見世興行』で古式ゆかしく劇場正面に掲げられる『まねき看板』や『芝居錦絵』の実物なども特別に館内に展示」されている。また、歌舞伎を盛り立てる「小道具」や「乗り物」も展示され、体験できるようにようにもなっている。
もちろん、記念撮影もOKで、中・高校生たちがわーキャー言いながら、乗ったり写真を撮ったりしていた。せっかくだからと、私も馬に乗ってみた。この「歌舞伎ミュージアム 南座2013」、規模はそんなに大きくないが楽しかった。過日オープンした、「新生歌舞伎座」の「歌舞伎ミュージアム」も楽しみになってきた。いつ行けるだろうか。
歌舞練場では都をどり 鴨川横では川床の準備、まさに京に春が訪れていた
私が京都行ったのは、一昨日・25日だ。祇園界隈を散策するに、鴨川縁のお店では、どこでも川床の準備が急ピッチだった。私も京都の奥座敷と言われる貴船に宿泊して、川床を楽しんだことがある。少しだけ遠い思い出だ。
さて今京都では、歌舞練場で都をどりが開催されている。歌舞練場界隈は、たくさんの着物姿の方々で賑わっていた。まさに、京都に春が訪れていた。私の心もウキウキしていた。
『名張毒ぶどう酒事件死刑囚の半世紀』を読んだ、仲代達矢出演映画の原作だ
昨日もいい天気だった。天気予報では30日(火)が雨の予報だ。それまでに、お野菜を植えるのを頑張らなければと思っている。しかし、どの畝も連作障害必至であり、かつ空いている畝はない。悩ましい。悩ましいと言えば、ジャガイモの切り方を間違えて、結局多くは芽が出なかった。トホホ、だ。
さて、『名張毒ぶどう酒事件死刑囚の半世紀』(岩波書店刊)を読んだ。仲代達矢と樹木希林が出演する映画「約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯」(監督:齊藤潤一)の、言えば原作本だ。私は、「名張毒ぶどう酒事件」を知りたいと思って読んだ。この本を予約した際は、映画のことは年頭になかった。
さて、1961(昭和36)年に起こった名張毒ぶどう酒事件。獄中から無実を訴え続けている死刑囚・奥西勝さん。奥西さんは一度は犯行を自白するが、逮捕後、一貫して「警察に自白を強要された」と主張。1審は無罪だったが、昭和47年最高裁で死刑が確定。「事件発生から52年。彼は、半世紀もの間、事件に翻弄され続け、死刑囚として獄中に囚われの身となり、もう90歳に手が届こうとしている」。
この本の著者は「東海テレビ取材班」となっている。そしてこの本の「あとがき」に、「真犯人は村人以外に考えられない。しかし、奥西が犯人でないことは明白である」と書いている。
そしてまた、「人に喜ばれなくても取材を敢行しなくてはならないことがある。村人にとっていかに苦痛であっても、判決に疑問がある以上、取材を継続し、世に問う必要がある。これをおろそかにするなら、いつ、誰が、どんな不当な刑罰に遭遇するかわからない不安な社会をつくることになるからだ」とも書いている。
まさに、報道記者魂を見た。マスコミ携わるものは、常にこうであって欲しい。この文章に出会って、まだマスコミの未来にかすかではあるが希望はあると思った。
さて、本書の中に奥西勝死刑囚の母の苦悩が掲載されている。このお母さんの姿は、本の日表紙にも使われている。「勝が逮捕されてからは、広い前庭に集まった遺族の人たちの怒りが、石つぶてとなり玄関のガラス戸、雨戸、あるいは玄関横の障子戸、横に回って風呂場まで飛び交い、土間の中まで飛んでくるありさま(中略)。破れ障子からは娘を亡くした親が、泣きながら怨み言を繰り返すこともあった。『娘を返してくれ!娘を返してくれ!』と、それはまさに気が狂わんばかりの泣き声だった」。
「名張毒ぶどう酒事件」は私も冤罪だと考えている。本人のみならず家族を途端に苦しみに陥れる冤罪、決してあってはならないことだ。しかし、それは決して自分自身と無縁ではない。それ故に、冤罪は怖い。それ故に、真実を求めて頑張ってくれる人たちを必要とする。マスコミはその先頭に立ってくれることを願う。
さて、映画「約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯」は、東海テレビが撮りためた実写と劇映画で構成されているという。この映画を見て、改めて「名張毒ぶどう酒事件」を観て考えてみようと思う。