さて
タマである。
もう秒読みの段階に入った。
夫と交代で
1階のオーディオルームのタマの
付き添いをしている。
意識がない。
目は光彩はなく開いたまま。
口から
よだれに代わって
血が出てきている。
くちびるは紫。半開き。
手足は冷たい。
硬直している。
おしっこも便も出ない。
垂れ流しにしてもいいように
シートなどを敷いてあるが
その力さえない。
この姿は
既に死を迎えた姿である。
しかし
タマの心臓は動いている。
わずかな呼吸で生きている。
昨日まで
口の傍に
スープ状のエサやら
牛乳やら持っていったけれど
それらを口にすることはない。
口を動かすだけで
苦しみもがく。
そのまま、逝ってしまいそうになる。
声をかけることもしなくなった。
その声で意識が戻って
返事をしようとすると
苦しくなって痙攣する。
だから
声もかけないようにしようと思った。
夫と話す声も静かにしている。
夜はずっと傍で寝ている私だが
(この状態は一年続いている)
タマの呻く声を聞いては目覚める。
よって睡眠がほとんど出来ていない。
一昨日は
ほとんど一睡もせずに出勤した。
興奮して眠れないのである。
その頃は
まだ牛乳をなめることはできたので
希望をつなごうとしたが
生きることを既に拒否しているタマ。
心臓だけが生きている。
今朝は暖かかったので
身体にタオルを巻いて
外の景色を眺めさせる。
意識はあったかどうかはわからないが
乾燥した鼻を少し動かしたので
外の空気を感じたろう。
これで最後だ、という気持ちで
見せてやった。
その瞳には
果たしていつも遊んでいた庭の光景が
映ったかどうかは
わからない。
タマの大好きな庭である。
全てにお別れしよう、という気持ちで
ぐるりと眺めさせた。
私の希望は
この春の暖かい陽射しの中で
もう一度
日向ぼっこをしてもらうことだった。
でもそれは自分自身への慰めである。
十分
彼女はこの庭でくつろいできた。
もうそれでいいじゃないか。
静かに
死を迎えさせてあげよう。
私の心も今静かである。