木村徹の父晋三は、1度の大穴馬券的中に、日常の生活感覚を完全に狂わえた。
勤め先の農協の集金の使いこみの約20万円がどうにもならなくなったのだ。
昭和37年の物価高(参考)
たばこ(ゴールデンバット)30 円、 新聞購読月 390 円 、はがき 5 円、ビール 125 円、映画封切館 200 円、 国鉄初乗り 10 円。
初めの使いこみの5万円は、不動産業をしていた兄の浩一が穴埋めをしてくれた。
「2度と競馬をするな。誓約書を書け」と兄は不甲斐ない弟を諌めた。
2度目は、10万円で妻キクの父親が穴埋めしてくれた。
そして3度目はもうどうにもならない。
「死ぬほかないか」と川崎競馬場から歩いて多摩川へ向かった。
午後5時、11月の道はすでに暗かった。
コートの襟を立てながら、「冷たい川で死ぬのか」とつぶやく。
結局、橋を渡って蒲田方面へ歩いて行く。
コーチ屋の甘い誘いは、詐欺でしかなかったのだ。
「私は、オオバカだ。世の中、うまい儲け話などあるはずないのだ」自嘲するばかりであった。
背広の胸の内ポケットをまさぐる。
懐には5000円がまだ残っていた。
「酒とおでんだ」と居酒屋を目指す。
現在の職場は、妻の親友の荒井絹子の夫が理事長をしていた。
荒井由紀夫理事長の顔に泥を塗るのも同然の不祥事になってしまった。
「深く悔いても、もうどうにもならない」
居酒屋の片隅で「やはり、死ぬほかない」と追い詰められた気持ちとなる。
結局、農協の職場、自宅にも戻れない晋三は、茨城県取手の実家へ向かった。
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<参考>
コーチ屋とは、公営競技の施行場内外や場外投票券発売所で、投票券に関する自分の予想を教えたり買い目を指示するなどの行為を装い、
客から金を詐取することを行う者を指す。
場内にいる場立ちの予想屋はその場の主催者が公認しているが、コーチ屋は非公認であり、詐欺罪で検挙された例もあるという。
古典的手法
手口の代表的なものとして、施行場内外にいる客に「今日は儲かっている」などと話しかけ(その際に札束などを服のポケットから、いかにも勝った金のように見せる)、興味を持った客に投票券の買い目を教える[2]。
買い目を教えてもらった場合、そのコーチ屋はその客をマークしていて、もしその買い目が当たった場合はどこからともなく現れ、配当金からコーチ料と称する金を請求する[2]。外れた場合は知らんふりをし、後刻出くわしてしまったときには「買ったのはあなたの自己責任だ」などといってとぼける。確実に儲けるため、複数の客に別々の買い目を伝えることもしばしばある。
なかには「私が買いに行ってあげよう」などと言って客から金を預かったふりをしてそのまま逃げてしまうこともある。
コーチ屋詐欺ともいわれる。
検挙に至った悪質なコーチ屋はグループで「誘い役」「サクラ役」「先生役」「金の貸し役」といった役割分担をしているという。
コーチ料を取る代わりに投票券の資金を立て替え(ただし代わりに投票券を買いに行くふりをするだけ)、あとで強引な取り立てを行う。
注意喚起ではコーチ屋は「悪質なサギ集団」「暴力行為の常習者」と断じられている。
選手や馬主、調教師など公営競技の関係者の名を騙り、客に近づき「確実な情報だ」「八百長レースがある」などと声をかける。
投票券を購入させ、当たった場合、予想代金を請求する。
外れた場合は行方をくらます。