夕陽に照らされた海の上を黒い煙を上げ走る観光船。船には、中折れ帽にマフラー、眼鏡姿の老人が乗っています。彼は顔色が悪く、弱っているようです。
彼は、ドイツの名立たる作曲家・アッシェンバッハ。静養のためベニスを訪れようとしていました。
水の都ベニスは、美しい海辺と、歴史的モスクの建造物、高級ホテルには貴族や著名人が休暇に訪れる観光地です。
大きな荷物を抱え疲れ果て、ホテルに着いたアッシェンバッハ。彼はその夜、人生を覆すほどの出逢いをします。
その目に映り込んできたのは、美しい少年の姿でした。艶のある緩やかなウェーブのブロンドの髪、綺麗な二重の目、ふっくらと赤みの帯びる唇、しなやかな立ち振る舞い。その美しさは、周りの着飾ったどの女性達よりも美しいものでした。
彼の名前は、タジオ。気難しそうな母親と天真爛漫な妹たち、お世話係の使用人とバカンス中です。
アッシェンバッハはタジオから目が離せません。ディナーの席でもチラチラと視線を向けてしまいます。
そんなアッシェンバッハに、去り際、タジオは確かに振り向きこちらを見ました。
アッシェンバッハは自分の中に起こった衝撃に動揺します。日頃、芸術論を交わしている友人・アルフレッドの幻想が飛び出し彼に忠告します。
「美とは努力によって創造できる」。アッシェンバッハの信念に、アルフレッドは「美とは自然に発生するもの」。創造を超えた美の存在を認めることを求めます。
持って生まれた美しさ、まさに原石とは、タジオのことを言うのでしょう。
ビーチでは、水着姿のタジオが友達たちと無邪気に遊んでいます。その様子を眩しそうに見つめるアッシェンバッハ。タジオもアッシェンバッハの視線を感じているようです。
そこに、タジオの肩を抱いて彼を連れ去る男が登場します。男は不意にダジオの頬にキスをします。
それを見せつけられたアッシェンバッハは、乾いた笑いをこぼし、イチゴを食べるのでした。
もはやアッシェンバッハのタジオへの思いは強くなる一方です。「私はバランスを保ちたいのだ」。自分の気持ちに苦しむアッシェンバッハは、ベニスを去ることを決意します。
去る日の朝、すれ違うアッシェンバッハにタジオは微笑みかけてくれました。しかし悶絶する気持ちを抑え、心の中でお別れの言葉を掛けます。「タジオお別れだ。幸せに」。
以下、『ベニスに死す』ネタバレ・結末の記載がございます。『ベニスに死す』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
列車に乗り帰路に着こうとするアッシェンバッハの元に、駅員がやってきます。手違いで荷物が違う場所へ行ってしまったと伝えます。
怒るアッシェンバッハでしたが、「荷物が戻るまでベニスを離れん」。と言い除けます。その表情はどこか嬉しそうでした。
駅の構内では、やせ細った男が力尽きたように倒れていました。ベニスでは何か不吉なことが起こっているのでしょうか。
再びホテルに戻ったアッシェンバッハは、部屋の窓からさっそくタジオの姿を見つけます。ビーチに出るアッシェンバッハ。
上半身裸で転げまわり砂だらけになって遊ぶタジオの姿を、心ゆくまで堪能します。タジオは創造の源でした。曲作りの意欲が掻き立てられます。
タジオの姿を一瞬たりとも逃さず見ていたい。アッシェンバッハは、タジオの後を付いて、ベニスの町を追いかけまわします。
付いてくるだけで話しかけてもこないアッシェンバッハの存在に、タジオは気付きながらもやはり話しかけはしませんでした。たまに振り向き、彼を確認するタジオ。その視線は誘うようでもありました。
その頃、ベニスではある大変な事態が起こっていました。アッシェンバッハは、ベニスの町が消毒液で汚れていることに気付き、町の人を捕まえお金で情報を買います。