「どうせ、人間は何時か死ぬんだな。どうせ死ぬなら大好き競輪場で死にていよ」スナップ「エイト」で、宮田寅治郎が言うのだ。
競輪仲間の4人が「俺もそうしていな」と口を揃えて頷くので、ママのアズサが「それは、犬死よ」とつれない返事だった。
アズサは、浅草の元キャバレーのホステスで、その後、フィリピンのホステスのメアリーと知り合ったことを景気に、フィリピンパブの経営に乗り出した。
「これから、日本人ホステスよりも、フィリピンのホステスを相手にした方がも儲かるぜ」元彼の吉見翼が言っていた。
アズサは、静岡の伊東に生まれ育っただが、彼女の父親は伊東競輪にはまったことで、家庭は崩壊し一家離散の憂き目にあっていた。
それでも、アズサは競輪を憎めないないでした。
競輪の魅力は?
スポーツにして最も知的なギャンブル「競輪」。その奥深い魅力
車券を当てたとき、外したとき、思わず口をつく言葉はむき出しの感情そのものだ。競輪場にはヤジも飛び交うが、その言葉は厳しくも温かなものが多い。それはなにより、ファンが競輪選手のことをよく知っているからではないだろうか。
彼らが日々どれほど体を鍛え、どれだけの熱量を持ってバンクに上がっているか。選手は多くを語らずとも、鍛え上げられた肉体がそれを雄弁に物語っている。
今、日本にいる競輪選手は2325人(以下、特に注記のない場合、数字は2019年12月現在)。そのうちの136名が女子選手である。女性のリーグは「ガールズケイリン」と呼ばれ、1つのクラス(L級1班)があるだけだが、男子はS級とA級にわかれ、成績によってさらに細かくS級S班、S級1班、S級2班、A級1班、A級2班、A級3班と6つのクラスにわかれている。
クラス分けの基準になるのはポイント(競走得点)で、レースの着順がポイントとなり、そのつど反映されていく。7位よりも6位の選手のほうが当然ポイントが高い。そのポイントによって、次の日に出場するレースも違ってくる。少しでもいい順位で走ることが、トータルの獲得賞金に影響するのである。
最高位のS級S班に所属するのは、わずか9名のスーパースターたち。彼らS級S班だけに穿くことを許された真紅のレーサーパンツはすべての選手の憧れである。
2019年のKEIRINグランプリ出場者は上の表の通り。賞金、勝率、人気など、どれをとっても圧倒的な存在である。この年は、出場選手中最年長、43歳の佐藤慎太郎(福島)が初のグランプリ覇者となり、年間獲得賞金1億8873万円で賞金王に輝いた。
当然ながら、トップ選手と下位の選手では稼ぐ金額に大きな差がでてくる。現在、生涯獲得賞金の歴代トップは、いまも現役の神山雄一郎(栃木・51歳)の28億5863万円だ。S級S班に所属する選手は1年で軽く億を超える金額を稼ぐが、逆に下位に沈む選手は多くを稼げないばかりか、引退をも余儀なくされる。毎年、男子はおよそ70名の新人選手がデビューを果たすが、その一方でA級3班に属する選手の下位30名は半年ごとに肩を叩かれ消えていく。年齢による引退も含めると、入ってくる選手の数とほぼ同数の選手がいなくなるシビアな世界でもある。
その一方で、技術と経験がものをいう一面もあり、選手の平均年齢は37.3歳(S級S班は36.3歳)と、プロスポーツのなかでは選手寿命が長い。最年長の現役選手はなんと60歳だ。
レース期間中は携帯禁止
競輪はバクチかスポーツか。明確に線を引くことの難しい、この2つのイメージがこれまで競輪をライトなファンから遠ざけてきた要因かもしれない。確かに競輪は公営ギャンブルの1つであるが、選手になるためには高いアスリート能力を有していなければならない。
たとえば競輪のトップ選手は、200メートルFTT(フライングタイムトライアル)で10秒を切るタイムで駆け抜ける。単純な比較をすると、陸上の100メートル世界記録保持者であるウサイン・ボルトよりも倍ほど速い。あのボルトが疾走する映像の2倍速をイメージしてもらえば、競輪選手が自転車を駆るスピードがいかに凄いかが伝わるだろう。