新自民党の設立へ

2024年02月20日 19時13分08秒 | 沼田利根の言いたい放題

自民党は解党的な出直しの時期に!

今日、友人と話していたら、話は新自民党の設立について話が及んだ。

政治不信の元凶は、紛れもなく、政治活動費問題に帰着するのである。

そもそも政治は金の多寡の問題ではないはずだ。

ところが、今日の自民党は、政治資金パーティーの名を借りて金集めき狂奔しているのだ。

多額の金を寄付する側には当然、利害関係がある。

つまり、人間は見返りを期待して政治資金を投じる存在なのだ。

政治は、ある意味で、福祉の世界とは対極にある。

国民の怒りが爆発する前に、「新自民党」を立ち上げてはどうだろうか。

国会に対する抗議のデモがほとんどない日本社会は、政治家たちに国民たちがなめられきっている様相そのものなのだ。

 


生命尊厳と平和をいう種を蒔かなければならない

2024年02月20日 09時53分11秒 | その気になる言葉

▼友のために尽くす行動は、全てが自身の財産に変わる。

「今日も友のもとへ!」その行動に偉大な生命の充実がある。

▼いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と進んでいくのでは足りない。

その一歩そのものが価値あるものでなければならない―ゲーテ

今日の一歩前進が、未来の勝利を確約する。

▼一人の強き生命力が、他の人の生命に影響を与え、変えることができる・

一人一人が生命力を強めることが、新時代の光だ。

▼目の前の一人を徹底して大切にする人間主義の連帯を拡大する使命がある。

▼何があっても負けない「本物」の一人になるのだ。

誰もが平和を求め、幸福を願っている。

▼世界は広い。そもには苦悩にあえぐ民衆がいる。

いまだに戦火に怯える子どもたちがいる。

生命尊厳と平和をいう種を蒔かなければならない。


風にそよぐ葦

2024年02月20日 09時11分11秒 | 社会・文化・政治・経済

戦局が敗色濃くなるにつれ、軍部と政府の弾圧は、苛烈さを増し、「新評論」は、いよいよ四面楚歌に追い込まれる。

日米開戦前夜から戦後の日本国憲法施行に至るまでを時代背景に、出版社社長の葦沢悠平とその家族の苦難を描いた社会小説の大作。

下巻では、戦争末期から戦後まで、時世の激しい振幅にひたすら翻弄される人々の姿を追う。全2冊完結。[解説・井出孫六]

「君のような雑誌社は片っぱしからぶっ潰すぞ」――。

開戦前夜から戦後の日本国憲法施行に至るまでを時代背景に、出版社・新評論社の社長の葦沢悠平とその家族の苦難を中心に描いた社会小説の名作。

上巻では、41年9月第3次近衛内閣崩壊直前から横浜事件を核に、一連の言論弾圧とそれに振り回される人々の受難を活写する。(全2冊)

 

2018年1月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
① 戦後70余年を経過した今日、戦争前夜・戦中・終戦直後の日本について当時の大人として語れる人は最早いないと思う。未だに戦争体験を語り継ぐ人達はいるが、多くは少年少女時代の空襲体験や勤労動員、学童時代の集団疎開など被害者体験である。それはそれで重要なのだが、他方、当時の大人達が当事者として戦争と国家に向き合い、従い、或いは従わされたのかを、同時代の作家が意識的に捉え、書き残そうとした事を知ることは、現在の当事者としての私たちにも無駄ではないだろう。
② 本書は、「新評論社」(岩波現代文庫の解説によれば中央公論社がモデル)の社長とその家族、長男の嫁の実家の開業医家族、社長の友人の外交評論家が、戦争の惨禍に翻弄される姿が軸になる。同時に「横浜事件」と呼ばれる神奈川県の特高警察による言論弾圧事件を絡めて進む(中央公論社、朝日新聞社、岩波書店などの関係者が、日本共産党の再建を謀議したと言う嫌疑(特高警察の捏造)で検挙され、激しい拷問により死者まで出した事件。『治安維持法と共謀罪』(内田博文著、岩波新書)など参照)。
③ 「新評論社」の社長は、海外留学経験を持つ穏当な自由主義者であるが、昭和の軍国主義教育を受けた次男は、学生時代から飛行機に憧れ、大学卒業後は直ちに海軍航空隊に志願し飛行将校になる。二人の相克は厳しい。漸く終戦を迎え、「新評論社」にも明るい未来が見えかけた時に、社長を迎えたのは共産党の指導を受けた労組による糾弾、さらには占領軍による公職追放であった。戦時下で当局との「妥協」を強いられつつも面従腹背の姿勢を貫き、編集長以下何人かの社員が逮捕され、自身も特高警察による取り調べを受けても屈しなかった社長の「妥協」が戦争協力とされたのだ。
④ 舞台となる家庭は、出版社社長と開業医であるから庶民ではない。戦前の愛国心教育の下では、庶民が客観的に政治や社会を見る目を持つことは難しい。著者の執筆意図を反映させる為には庶民の家庭は不適であったのだろう。
⑤ 新聞小説として、人物の描き方や筋の運びが、割り切って描かれており、文芸作品として見た場合に晦渋さに欠ける感もあるが、読み疲れないので上下二巻1,000頁超も苦にならない。
 
 
戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」、そして、戦争が終わった後の混乱を描いた社会小説の名作である。
誰も戦争を望んでいなかったが、気が付けば戻れなくなっていた。
戦争中、「反戦思想」は厳しく取り締まられた。
敗戦を迎えた途端、日本中が左翼思想に傾いていく。
その時の変化に流され、どのようにも変わってしまう集団心理の恐ろしさが描かれている。
一人ひとりが良識をもつていても、世の中が一つの方向へ流れると、押しとどめることは容易ではない。
二度と戦争を起こさない。
そのためには平和思想を持つことが大切である。
だが、それだけではない。
「国家」と「個人」との「中間団体」が極めて重要だ。
譲れない理念、確かな思想―平和主義と、現実を動かす力を持った「中間団体」がなければ、同じ道をたどってしまう。
人間は心の訓練が必要だ。
そのために読書をするのだ。
努力するしかない。
甘えて、何か特別な<いい手>はないかなどと思っているかぎり、進歩はない。
運動を同じだ。
「自分は走るのはいいやだ」と言って、何も努力しないでいたら、鍛えられるわけはない。
 
 
 

人間の関係は鏡だ

2024年02月20日 08時29分11秒 | 伝えたい言葉・受けとめる力

▼人間の関係は鏡だ。自分の心は、相手に映り、相手の心に映る自分の姿が、また自分の心に映る―鶴見祐輔「バイロン」

▼精神は剣よりも強氏―ナポレオン

▼艱難に優る教育なし―ディズレーリ

▼「新日本の新しき生命を呼ばひ起こす英雄児は、いまどこに居るのだ」

「私は理想としては、世界に於て、人間と貨物との自由なる移動が起こらねばならにと思ふ」

「かかる漠然たる空想に、体系を与へ、整然たる具体案として現実の世界に完成する人が、私の期待する新しき英雄なのである「英雄待望論」

「理想の世界に於いて、先に日蓮あり」「昭和日本は、この思想を全日本的になさんとしつつある」「日蓮はすべての日本人の中に生きている」鶴見祐輔は日蓮を英雄視した。

▼読書を通じて強い人格を築き、人生を切り開いていく。

「読書は偉人への道」

「良書を読め 悪書を叩け それが正義の人なり」

良書の基準の一つは、「ものの見方を教えられる」ような本である。

悪書とは、偏った味方を煽るようなものであり、時の精査に堪えないものだ。

鶴見 祐輔 (つるみ ゆうすけ )は、官僚 政治家 、 著述家 。 衆議院議員 (4期)、 参議院議員 (1期)、 厚生大臣 。

一高時代には英語教師だった夏目漱石の薫陶を受ける。

東大在学中に、自身の一高卒業後に一高の校長に就任した新渡戸稲造に心酔し、師事

語学に長けていた鶴見は、1911年9月に新渡戸の秘書として初めて渡米、その後も国際会議への出席や後藤新平・新渡戸らに随行しての海外視察などでたびたび外国へ出張し、その経験をもとに旅行記や随筆を出版した

  • 広報外交の先駆者 鶴見祐輔 1885-1973

 


祈りとは?

2024年02月20日 03時28分59秒 | その気になる言葉

祈りは、毎日の心のトレーニング

真剣に祈り続けたら、どれほど素晴らしいか。全部、自分のためである。

祈りは義務ではなく、自分の権利である。

祈った分だけ、自分が得をする。

ともかく窮屈に考える必要はない。

仏法は人間を自由にするものであって、人間を縛るものではない。

祈りは少しずつでも、毎日することが大事だ。

毎日、ご飯を食べてエネルギーとなる。勉強も毎日、積み重ねることによって力となる。

「毎日の生活が即人生」となる。だから「毎日の生活即向上」でなければならない。その推進力が祈りだ。

祈りという行に励むことは、毎日の「心のトレーニング」だ。

自分自身の生命を清浄にし、エンジンをかけ、軌道に乗せていくことだ。

祈ることで心身ともに生命が回転を促し、リズムを整えていくのだ。

祈りは全て“自分のため”である。

また祈る自分の姿を見て、後輩もついてくる。子どもも見習う。

大事なことは、朝晩祈る「心」である。

その「心」があれば生命力は消えない。

その心で「実践」すれば、生命力は増していく。