幸福とは

2024年02月03日 11時04分35秒 | その気になる言葉

▼幸福は、各人が自らつかむものであり、自身で感得するものだ。

しかし、同時に、自分一人だけの幸福はありえない。

自分さえ幸せなら後は関係―それでは利己主義である。

だからといって<自分はいいから他の人が幸せに>というのも理想とは異なる。

幸福もまた、「自他共に」である。

うれしいことがあると私たちは、この喜びを誰か共有したいと願うものだ。

家族、友人などと―そして苦楽を分かち合う関係の中で、幸福はより大きくなるのだ。

▼我が国の戦時中の、滅私奉公の自己犠牲―自己を空にせよということは嘘である。

自分もみんなも共に幸福になろうとするのが本当である。

自分が幸福になるくらいは、なんでもない。

かんたんなことだ。

他人まで幸福にしといこうといのが目指すべき社会の理念なのだ。

幸福は、誰から奪い取ったり、誰かを踏み台にして得るものではない。

どこまでも「自他共に」である。

他人の不幸の上に自分の幸福を築かない―それが人の道(生き方)である。

▼自分も人も一緒に!

自他ともに目指すというのが、本当の幸福である。

▼気候危機問題や、核兵器廃絶に対して中には無関心な人や<今の生活が充実していれば>いいと言う人もいるだろう。

だからこそ「自他共の喜び」を目指す理念が大切なのだ。

 

 


自分の境涯が変われば、周囲も変わる

2024年02月03日 10時31分19秒 | その気になる言葉

▼どれほどの苦難に直面していても、絶対に挫けてはならない。

諦めてはならない。

断じて、断じて負けてはならない!

▼たとえ、災難に遭っても「心の財(たから)」だけは壊されない。

いかなる苦難も幸福になるための試練なのだ。

▼自分の境涯が変われば、周囲も変わる。

それが依正不二(えしょうふに)の原理である。

幸せの宮殿は、自身の胸中にある。

依正不二の 「依」は依報(えほう)

「正」とはと正報(しょうぼう) の事である。

それらが一体で不二(二つにあらず)の関係にあることをいいます。

正報とは自分自身、この身のことです。

依報とは私たちの暮らすこの国土・環境を言います。

それが二つのものではないという教えです。

依報によって私たち人間はいくらでも人生を翻弄されてしまいます。

この環境こそが私たちの生活を左右するものであり環境があるから私たちが存在できるのです。

そして依報は正報によって環境はいくらでも左右されてしまうのです。

人の命が濁り澱んだ社会がこの環境を作り出し天災や災害が起こるのです。

その原理を示した仏の言葉です。

▼良き本は、良き人生を生きる力となる。

多くの歴史的人物が、読書から精神の糧を、未来への指針を得てきた。

▼偉大な作品を深く読んだ人は、人類の英知を自分のものにし、大いなる希望を見出す。

▼読書による疑似体験が、子どもの想像力を養う。

人を思いやる心も育まれるものだ。

▼生きて、生きて、生き抜いてもらいたい。

そのために、私が応援します。

みんなが応援します。

お父さんも、お母さんも味方です。

先輩も、みんな味方です。

▼いじめれている人がいたら「自分は味方だ」と伝えあげてほしい。

小さな「ひとこと」が、大きな「支え」になる。

▼つらい時は周りが見えなくなる。

でも、自分を大切に思い、必要としてくれる人は、必ずいる。

みんなが味方である。

 


利根輪太郎の競輪人間学 本命7番がまさかの落車に

2024年02月03日 09時57分56秒 | 未来予測研究会の掲示板

利根輪太郎は、「勝負」などと意気込む自分自身の愚かさを感じていた。

「1000円で楽しむ競輪」の提唱者である牛久の元カーテン屋さんの顔が浮かんだ。

また、昨日数か月ぶりに道で出会った近所の知人東さんも「ダメだよ。競輪で勝負だなんか」と指摘いていた。

そのとおりなのだ。

競輪で「うまい」ことなど、ほとんどないのだ。

さらに、昨日も裏目で泣くこちょに・・・。

先行選手は、捲り選手でもあり、番手選手は抜き去ることが難しいのだ。

同じ失敗の繰り返しだった。

  GⅢ 静岡競輪 たちあおい賞争奪戦

2日目(2月2日)

並び予想 1-9 5-2-8 3-7 4-6

レース評

スピード戦の山田に託す浅井を本命に推すが、自力迫力が増した小林も互角以上。渡口に乗る隅田もシャープで一発ありだ。

7-1 7-2 7-3 7-9の3連単で勝負する。

押さえは1-7と1-9

7番の◎浅井 康太が、まさかの落車に!

思えば1-4は利根輪太郎のラッキーナンバーであったのだ。

過去に1-4で何度も救われてきた。

そのことが、頭に全く浮かばなかった。

1-4で100万円余の車券をゲットしたことも・・・

1番人気 7-3(6・1倍)

 




選手名 着差 上り 決ま
り手
S

B
勝敗因
× 1 1 小林 泰正   11.3 S 後方捲って
  2 4 藤井 栄二 1車身 11.4   外踏み伸び
3 3 山田 諒 1車身 11.7     4番手捲る
4 9 神山 拓弥 3/4車身 11.4     捲りに遅れ
5 2 隅田 洋介 1車身 11.9     番手出るも
6 5 渡口 勝成 1/8車輪 12.0   B 叩き捲られ
  7 6 筒井 裕哉 3/4車身 11.6     4角内突き
  8 8 田中 陽平 3/4車輪 11.9     前団飲まれ
7 浅井 康太         4角落車し
 
2

1=4
5,660円(15)
2

1=4
9,490円(20)
3

1=3=4
2万1,900円(43)


1=3
500円(7)
1=4
1,830円(15)
3=4
3,560円(26)
1-4
6,660円(22)
1-4
万円(32)
1-4-3
20万9,440円(243)

戦い終わって

戦い終わって写真

 赤板過ぎからインの斬り合いで渡口勝成が打鐘で山田諒を叩いて先行。中団に収まった山田諒が2角過ぎに捲るも、更に外を小林泰正が捲って快勝。マークの神山拓弥は遅れ、大外を伸びた藤井栄二が二着入線。
 一着の小林は「山田君は浅井さんが付いていたからもっと踏んで来ると思ってたけど、スンナリ出させ過ぎましたね。ホームで行って1センターでは行けると思いました。改善の余地はあるし、同県の金子真也さんに体の使い方を教わって良くなってます。自転車はいじりません」。
 二着の藤井は「後ろからしっかりレースを動かそうと。ハイペースになると思ってたし、前々に踏んで立ち遅れないように気を付けてました。なかなか脚が整わず仕掛けることができなかったし、ゴチャついてたまたま外を伸びただけ。練習の感じだと、ここ半年の中では上向き。記念準決は去年の福井以来です」。
 三着の山田は「レースの流れとしては良かった。とにかく(小林)泰正さんを後ろに置けるようにしたかったんで。でも、泰正さんが強かった。あのタイミングで行かれたらどうしようもない。自分の中での感触は良いけど、大外を(小林に)行かれてるし疑ってしまう。初日より(レースの)入り方は良くなってます。最近は日に日に良くなることが多いので」。

 


映画 マディソン郡の橋

2024年02月03日 08時53分22秒 | その気になる言葉
2月2日午前3時30分からCSテレビのザ・シネマで観た。
これでこの映画は、3度目である。
 
『マディソン郡の橋』(原題: The Bridges of Madison County)は、1992年にアメリカ合衆国で発売されたロバート・ジェームズ・ウォラー(Robert James Waller)の同名ベストセラー小説を原作にした、1995年の恋愛映画。
アンブリン・エンターテインメントとマルパソ・プロダクションズが製作し、ワーナー・ブラザースが配給した。クリント・イーストウッドがプロデューサーおよび監督、キャスリーン・ケネディが共同プロデューサー、リチャード・ラグラヴェネーズが脚本を務めた。イーストウッドとメリル・ストリープが主演した。
 
批評的にも商業的にも成功し、世界中で1億8,200万ドルをあげた。
1996年、第68回アカデミー賞でアカデミー主演女優賞にノミネートされた。
 
マディソン郡の橋 : ポスター画像 - 映画.com
 
 
「マディソン郡の橋」上映作品詳細 - 午前十時の映画祭11 デジタルで甦る永遠の名作
 
マディソン郡の橋 - 解説・レビュー・評価 | 映画ポップコーン
 
マディソン郡の橋 - 解説・レビュー・評価 | 映画ポップコーン
 

マディソン郡の橋のネタバレあらすじ:起

1989年冬、アメリカ・アイオワ州マディソン郡で一人の女性が亡くなりました。女性の名はフランチェスカ・ジョンソン。

彼女の葬儀のために集った長男マイケル(ヴィクター・スレザック)と長女キャロライン(アニー・コーリー)は、母の遺言に「死んだら火葬にしてローズマン・ブリッジから遺灰を撒いてほしい」と書かれてあるのを見つけました。

それからマイケルとキャロラインは母の遺した手紙や日記を読み漁っているうちに、これまで平凡な主婦として生きてきたはずの母フランチェスカの知られざる一面を垣間見ることになります…。

マディソン郡の橋のネタバレあらすじ:承

1965年、当時結婚15年目を迎えていたフランチェスカ(メリル・ストリープ)は、小さな農場を営む夫のリチャード(ジム・ヘイニー)、息子マイケル(クリストファー・クルーン)と娘キャロライン(サラ・キャスリン・シュミット)と幸せな家庭を築いていましたが、特に何のことはない平凡で単調な日々に少しばかり退屈を覚えていました。

そんなある秋の日、リチャードは子どもたちを連れてイリノイ州で開かれる農産物の品評会に出かけることになり、4日間一人で留守番をすることになったフランチェスカは久しぶりに忘れかけていた新鮮で開放的な気持ちを味わっていました。

そんな時、フランチェスカの元に一人の男が現れ、近くにある非常に珍しい屋根付きの橋“ローズマン・ブリッジ”への道を尋ねてきました。男の名はプロカメラマンのロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)。

彼に惹かれるものを感じたフランチェスカは、ロバートを夕食に招いて楽しいひと時を過ごしました。ロバートが宿に引き上げた後、フランチェスカはローズマン・ブリッジの上に「明日の晩、もう一度いかが?」と書いたメモを置いておきました。

マディソン郡の橋のネタバレあらすじ:転

翌日(2日目)、新しいドレスを身にまとったフランチェスカはホリウェル橋の上でロバートと落ち合い、急速に惹かれ合った二人はダンスを踊り、自然な流れで一夜を共にしました。

3日目、フランチェスカとロバートは郊外へピクニックに出かけ、二人の恋は一気に燃え上がりますが、間もなく家族が戻ってくるフランチェスカは一抹の不安を覚えるようになっていました。

そして4日目、「これはお遊びなの?」となじるフランチェスカに対し、ロバートは「一緒に来てほしい」と告げました。一旦は荷物をまとめたフランチェスカでしたが、どうしても家族を捨てることはできず、彼女の心情を察したロバートは彼女の前から立ち去っていきました。

翌日、何も事情を知らないリチャードら家族が無事に帰宅、フランチェスカはいつもの日々に戻っていきました。

その数日後、リチャードと一緒に買い物に出かけたフランチェスカは、降りしきる雨の中で立ち尽くすロバートの姿を見つけました。フランチェスカは車のドアノブに手をかけましたが結局会うことは叶わず、これが彼女の生涯でロバートを見た最後となりました。

1979年、リチャードに先立たれたフランチェスカはロバートに会おうと連絡を試みましたが、何の手掛かりもなく結局果たせぬままでした。

そしてある日、フランチェスカのもとに弁護士が訪ねてきて、ロバートが死んだことを知らせてきました。フランチェスカはロバートの遺品のカメラ、そして『永遠の4日間』と題された写真集を託され、ロバートの遺骨はローズマン・ブリッジから散骨されたことを知りました…。

そして1989年冬。手紙と日記を読み終えたマイケルとキャロラインは、母の願いを叶えて荼毘に付し、遺骨をローズマン・ブリッジから散骨してあげました。

以上、映画「マディソン郡の橋」のあらすじと結末でした。

「マディソン郡の橋」感想・レビュー

クリント・イーストウッドが製作・監督・主演してロバート・ジェームズ・ウォラーの同名ベストセラー小説を映画化したものです。平凡な家庭の主婦が道を尋ねて立ち寄った一人の見知らぬカメラマンに、これほどまでに恋すことが出来るのか又、恋すると言うことがいかに人の心を惑わせるものかが、この二人の語らいや表情の中に見ることができ、切なく悲しい感動を与えてくれます。大人の本当に4日間のわずかな期間で激しく燃えた恋の物語です。ぜひ大人の恋物語をじっくりと観賞してください。

 
概要
 
アイオワ州の片田舎で出会った、平凡な主婦と中年のカメラマンの4日間の恋を描く。
世界的ベストセラー(およびロングセラー)となったロバート・ジェームズ・ウォラーによる同名小説(日本語訳・文藝春秋刊)を、クリント・イーストウッドが製作・監督・主演を務めて映画化。
この項目では主として映画について記載する。
不倫をテーマにした大人のラブストーリーであり、米国のみならず世界的大ヒットを記録した。
撮影は、小説に描かれた実在の場所、アイオワ州マディソン郡ウィンターセットに造られた特設セット『フランチェスカの家』(Francesca's House)にて、延べ42日間に渡って行われた。
 
ストーリー
 
1989年の冬、母の葬儀のために集まった長男のマイケル(ヴィクター・スレザック)と妹のキャロリン(アニー・コーリー)が、彼女の遺書とノートを読み始める場面からストーリーがはじまる。
「火葬にしてローズマン・ブリッジから灰を撒いてほしい」というもので、平凡だと思われていた母親の秘められた恋を知ることになる。
 
1965年の秋。小さな農場の主婦フランチェスカ・ジョンソンは、結婚15年目で単調な日々を送っていた。ある日、夫リチャードと二人の子供たちが子牛の品評会のため隣州へ出かけ、彼女は4日間、一人きりで過ごすこととなる。
 
そこへ一人の男性が現れ、道を尋ねる。彼はウィンターセットに点在するカバードブリッジ[7]のひとつ、ローズマン橋を撮りにやってきたナショナルジオグラフィックのカメラマン、ロバート・キンケイド(クリント・イーストウッド)であった。彼の魅力に惹かれたフランチェスカは、彼を夕食に招待する。そこから距離が縮まり、二人はデートの末、許されないと知りつつ恋に落ち、そのまま結ばれる。
 
最後の夜、「一緒に来てくれ」と誘うロバートに、フランチェスカは荷物をまとめるが、家族を思うその表情を見たロバートは、一人で去っていった。
 
数日後、リチャードと共に街に出かけたフランチェスカは、雨の中、彼女を見つめ立ち尽くすロバートの姿を見る。フランチェスカは乗っていた車のドアに手をかけ、彼の元へ行こうとするが、それ以上はできなかった。
 
1979年、リチャードが死去。フランチェスカはロバートに連絡を取ろうとするが、消息はわからなかった。何年か後に、ロバートの弁護士から遺品が届く。そこには、手紙やフランチェスカが彼に手渡したネックレスとともに『永遠の4日間』という写真集が入っていた。
 
フランチェスカのノートには「人生の全てを家族に捧げた。せめて残りの身は彼に捧げたい」という遺志が記されていた。兄妹はようやくその遺志を理解する。後日、2人の手によって、彼女の遺灰は、ロバートの遺灰と同様、ローズマン橋の上から撒かれた。
 
キャスト
ロバート・キンケイド - クリント・イーストウッド
フランチェスカ・ジョンソン - メリル・ストリープ
キャロライン・ジョンソン - アニー・コーリー
マイケル・ジョンソン - ヴィクター・スレザック
リチャード・ジョンソン - ジム・ヘイニー
キャロライン(幼少期) - サラ・キャスリン・シュミット
マイケル(幼少期) - クリストファー・クルーン
ベティ - フィリス・リオンズ
マッジ - デブラ・モンク
ピーターソン弁護士 - リチャード・レイジ
ルーシー・レッドフィールド - ミシェル・ベネス
スタッフ
監督:クリント・イーストウッド
製作:クリント・イーストウッド、キャスリーン・ケネディ
原作:ロバート・ジェームズ・ウォーラー (イギリスで最初に出版された時の原題:Love in Black and White)
脚本:リチャード・ラグラヴェネス
音楽:レニー・ニーハウス
撮影:ジャック・N・グリーン
編集:ジョエル・コックス
美術:ジャニール・クラウディア・オップウォール
 
 
数年前、『荒野のストレンジャー』のロケ地を探してピックアップトラックでネバダ州に行ったことがある。しかし人妻との運命的な出会いは全くなかった。"
— ロバート・キンケイド役のクリント・イーストウッド
 
1991年終盤、スティーヴン・スピルバーグが創立した製作会社アンブリン・エンターテインメントはロバート・ジェームズ・ウォラーの発売前の小説『マディソン郡の橋』の映画化権を25,000ドルで購入した。
映画公開前までにこの小説は世界中で950万部が売れた。
当初スピルバーグはシドニー・ポラックを監督に選任し、カート・リュードックに脚本を担当させたが降板した。
キャスリーン・ケネディとスピルバーグが2番目の脚本家にロナルド・バスを連れてきたが、彼らは仕上がりに満足しなかった。
しかし3番目の脚本家であるリチャード・ラグラヴェネーズの脚本はスピルバーグと、初期段階から主演を演じることが決まっていたイーストウッドが気に入り、スピルバーグの『シンドラーのリスト』の次の作品として考慮された。
スピルバーグもイーストウッドもラグラヴェネーズのフランチェスカ視点での描かれ方を気に入り、フランチェスカの子供たちが成長して母の日記を発見して読むという枠物語を取り入れた。
スピルバーグがこの作品の監督をしないことになり、ブルース・ベレスフォードを監督に任命するとベレスフォードはアルフレッド・アーリーに脚本の草案を書かせたが、ワーナー、スピルバーグ、イーストウッドの全員がラグラヴェネーズの脚本の方を支持したためベレスフォードは降板した。
 
ウォラーはフランチェスカ役にイザベラ・ロッセリーニを推薦した。
アンジェリカ・ヒューストン、ジェシカ・ラング、メアリー・マクドネル、シェール、スーザン・サランドンも候補に挙がっていたが、ロッセリーニが最適とされた。
スピルバーグは同調しなかったがイーストウッドは最初からメリル・ストリープを推薦していた。
 
撮影
アイオワ州ウィンターセットにあるローズマン・ブリッジ。キンケイドはこの橋の撮影に訪れフランチェスカと出会う。フランチェスカの遺言により彼女の遺灰が撒かれた場所でもある。
 
撮影は52日間の予定で行われたが、実際には10日早い11月1日に終了した。これだけの世界的ヒットを収めた名作にもかかわらず製作に要した期間は、正味42日間だけであり、製作費も約US$900万(当時の日本円にして約11億円)に留まった。
イーストウッドはフランチェスカの視点を大事にし、時系列を追って撮影した。
イーストウッドはこれについて「それが重要なことだった。我々は実際に俳優としても登場人物としても互いを知り合っていくのだから」と語った。
アイオワ州マディソン郡ウィンターセットの他、ダラス郡エイデル、そしてペンシルベニア州ウェストモアランド郡にあるベルズ・ミルズ橋でも撮影が行われた。
 
レイティング
 
当初フランチェスカの皮肉を込めた台詞によりR指定を受けたが、イーストウッドの嘆願によりPG-13となった[3] 。
 
興行収入
 
1995年6月2日、1,805館で劇場公開された。初週10,519,257を上げ、2週目の『キャスパー』に次ぐ全米2位となった。
公開終了時には全米で$71,516,617、海外で$110,500,000の計$182,016,617を上げた。
 
評価
 
レビュー・アグリゲーターのRotten Tomatoesでは60件のレビューで支持率は90%、平均点は7.40/10となった[9]。Metacriticでは23件のレビューを基に加重平均値が69/100となった。
 
主な賞歴
受賞
ASCAP映画テレビ音楽賞:
最高興行収入映画賞
ブルーリボン賞 (日本):
外国作品賞
BMI映画テレビ賞:
BMI映画音楽賞 (レニー・ニーハウス)
キネマ旬報 (日本):
外国語映画監督賞 (クリント・イーストウッド)
毎日映画コンクール (日本):
外国語映画賞
 
ノミネート
第68回アカデミー賞:
アカデミー主演女優賞 (メリル・ストリープ)
全米撮影監督協会賞:
劇場公開撮影功労賞 (ジャック・N・グリーン)
日本アカデミー賞 (Japan):
外国作品賞
セザール賞 (フランス):
最優秀外国映画賞
第53回ゴールデングローブ賞:
映画女優賞 – ドラマ部門 (メリル・ストリープ)
作品賞 – ドラマ部門
第2回全米映画俳優組合賞:
主演女優賞 (メリル・ストリープ)
 
1995年(02回)米国映画俳優協会賞候補
1995年(50回)毎日映画コンクール外国映画ファン賞受賞[1]
1995年(69回)キネマ旬報ベストテン:第3位
 
 
フランチェスカの家について
 
撮影の特設セットであるフランチェスカの家は、撮影終了後も保存、一般公開されていたが、2003年の放火で被害を受け、現在は一般公開されていない。

ダイナー映画 

2024年02月03日 08時16分42秒 | 社会・文化・政治・経済

2月3日午前6時からCSテレビのザ・シネマで観た。

ダイナー』(Diner)は、1982年に製作されたアメリカ青春映画

全米興行収入成績最高位14位。ミッキー・ロークは全米映画批評家協会賞助演男優賞(1983)とボストン映画批評家協会賞助演男優賞(1983)を受賞した。翻訳:金田文夫(劇場版)、岩本令(DVD・Blu-ray版)。

 
ダイナー
Diner (1982)
Diner (1982) – FilmFanatic.org
 

1950年代終わりの頃、ボルチモアを舞台にした青春映画。
ダイナー(簡易食堂)に集まる大人に成り切れないような若者たちを描いており、ミッキー・ロークやケヴィン・ベーコンなどが演じる若者たちの他愛ない会話・出来事を見せる映画だが、「自分が若い頃に観ていれば印象変わったかも…」と思うような割と平凡なドラマ。

本作の監督バリー・レヴィンソンが自分の若かった頃を撮ったようなノスタルジックな映画。音楽も当時の曲が…。
監督のパーソナル青春映画の感。

当時のエピソードとして面白かったのは、電器屋でテレビを買いに来た客が「この映画はカラーのはずだが…」と言うと、店員が「これは白黒なんです」というエピソード。

その他、乗馬する女性が綺麗だったなぁ…。

「死ぬまでに観たい映画1001本」に選ばれている映画であり、雰囲気がある映画であるものの


なにもはいってこないで、右から左に流れたので、感想は少ない。それは、たぶん作品自体が時代の空気感を描いたものだから。なので、そういう映画と思えば駄作ではないとは思う。

ずーっと、ぼけーとダイナーを中心にした若者たちの様子をながめて終わる。時代が変れど暇な若者の時間の流れ方とは、まさにこんなもんでしょう。以上。


ボルチモアでオールディーズと言ったらJ・ウォーターズの存在を思い出す。

そんな50'sスタイルを楽しめるのはM・ロークの格好だけで他は基本的にダサくて特にK・ベーコンの田舎臭さは逸品!?

それぞれに問題を抱えてはいるが深刻に伝わってくる描写も控え目に適当に解決される感が。

本作の内容よりも流れる曲が最高でサントラあったら欲しいなぁ。



無駄話が延々と続き、事件が起こる訳でもなく進む。

無駄話ならいいが眠気を誘うだけ。

印象的なのはレコードのしまい方を妻に激怒する夫。

わかる気もするが、ちーっちゃい男だなーと失笑。

ポップコーンのくだりもなんだかなーと失笑。

MロークとKベーコンに惹かれて観たが眠気との戦いだった。

しかし若き日のMローク作品はこれで2本目の鑑賞だがまた小さい声で高い可愛い声。他の作品もこんなんなのか?

解説

1959年12月のボルチモア。50年代の終わりと共に、あるダイナーに集まる5人の若者たちの青春も終わりを告げようとしていた。

大人になりきれない彼らの悩みと希望を、当時のヒットナンバーを随所にちりばめながら生き生きと描いた青春群像劇。「レインマン」「スリーパーズ」等のヒットメイカー、バリー・レビンソンの監督デビュー作。

まだブレイク前のケビン・ベーコンやミッキー・ロークも好演を見せ、注目を浴びた。

あらすじ

1959年のボルチモア。簡易食堂「ダイナー」を溜まり場にする、大人に成りきれない5人の若者の悪ふざけと、他愛もない会話をオールディーズナンバーにのせて描写している。

ダイナー
Diner
監督 バリー・レヴィンソン
脚本 バリー・レヴィンソン
製作 ジェリー・ワイントローブ
出演者 ミッキー・ローク
スティーヴ・グッテンバーグ
ケヴィン・ベーコン
音楽 ハリー・V・ロエフスキー
撮影 ピーター・ソーヴァ
編集 ステュー・リンダー

キャスト

役名 俳優  
 
エドワード“エディ”・シモンズ スティーヴ・グッテンバーグ  
ローレンス・“シュレヴィー”シュライバー ダニエル・スターン  
ロバート“ブギー”・シェフテル ミッキー・ローク  
ティモシー・“フェン”フェンウィック・Jr ケヴィン・ベーコン  
ウィリアム“ビリー”・ハワード ティモシー・デイリー  
ベス・シュライバー エレン・バーキン  
モデル ポール・ライザー  
バーバラ キャスリン・ダウリング  
ベーグル マイケル・タッカー  
キャロル・ヒースロー コレット・ブロニガン  
ダイアン ケリー・キップ  

音楽