ALS嘱託殺人の山本容疑者、空白の6カ月にフィリピン「セブ島」でやっていたコト

2020年08月13日 17時42分26秒 | 事件・事故

8/13(木) 6:00配信

デイリー新潮

「イギリスの名門校を卒業」と吹聴

「安楽死」か、それとも「殺人」か――。

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の女性を殺害したとして嘱託殺人容疑で逮捕された山本直樹容疑者(43)。犯行の「見返り」に、亡くなった女性から約130万円を受け取ったとみられている。医師免許は不正に取得した疑いが浮上し、「海外の大学を卒業した」とする学歴には胡散臭さが漂う。そうした彼の“本領”は「南の楽園」でも発揮されていた。事件発生前年にはフィリピンでクリニックを開業し、現地の在留邦人には「イギリスの名門校を卒業した」と吹聴。クリニックはわずか半年で閉鎖されたが、その背景には現地の医療関係者とのトラブルがあったという。

 

 報道によると、山本容疑者は東京医科歯科大学を中退。その後、アジアの学校に留学していたというが、フィリピンでは周囲に「イギリスのインペリアル・カレッジに編入して卒業した」などと説明していた。インペリアル・カレッジ・ロンドンは、ノーベル賞受賞者も多数輩出する、イギリス屈指の理系の名門校だ。

 

 山本容疑者は2010年に医師の国家試験を受験し、その際、厚労省には「海外の大学の医学部を卒業した」と申請していた。その大学がインペリアル・カレッジか否かは不明だが、京都府警が大学側に照会したところ、卒業を確認できなかったという。

 

 専門は泌尿器科で、16年には都内にED(勃起不全)治療専門のクリニックを開設し、院長を務めていた。同時期にはカンボジアの首都プノンペンでも医療活動を行っており、17年6月、都内で行われたロータリークラブの会合で、こうスピーチしていた。

 

「カンボジアの問題点は、ポル・ポト政権によって医者を含む知識層が虐殺され、その後の人材育成が遅れていることです。しかし医療制度や教育は急速に整備され、国として回復する過程にあります。私は日本クオリティーの医療を直接現地で届けることに引き続き専念していくつもりです」

 

 程なくして山本容疑者は、“日本クオリティー”を東南アジアに普及させるため、フィリピンとも関わりを持ち始める。

 

日比の経済交流促進に意欲

 山本容疑者がフィリピンに日本人向けのクリニックを開設したのは18年7月。場所は、リゾート地として世界的に知られるフィリピン中部のセブ島で、「セブ・ジャパニーズ・クリニック」と名付けられた。現地の会報誌で、山本容疑者はこんな抱負を述べている。

 

「日本人の方のため、万が一にも健康を損ねた場合のセーフティネットとして機能することを目的として開設いたしました。日本人の健康管理に資することで、留学生の安心や進出企業の増加に寄与できれば、日比の経済交流の促進にも結果的につながるものと考えております」

 

 クリニックにはレントゲンをはじめ、CT・MRI、超音波検査、内視鏡検査、人工透析など高度な医療設備が整っていた。入院施設はないが、外来通院で可能なほぼすべての医療が提供できると謳い、人間ドックも受け付けていた。何よりも、セブ島で初の「日本人医師常駐」が最大の売りだった。

 

「日本人医師が常駐することで、臨床診断・治療のクオリティーを担保することができ、旅行者・留学生・駐在員などの方にとっては、日本におられる時とほとんど変わらない医療を提供できるものと確信しております」(前述の会報誌)

 

 山本容疑者は理事という立場でクリニックの運営に携わり、実際に医療行為を行うのはもう1人の日本人医師だった。当時、山本容疑者に会ったことがあるという、事情に詳しい関係者はこう語る。

 

「山本さんは日本がベースで、出張で数日セブ島に行くような感じでした。東南アジアのどこに滞在しようか迷った挙げ句、セブ島に決めたと言っていました。クリニックの開業には友人と2人で出資したそうです。ブランド物を身に着け、お金を持っている印象を受けました」

 

 クリニックは大々的に宣伝され、約3000人いるセブ島の在留邦人社会にとっても画期的だった。しかし、そこには落とし穴が潜んでいた。

 

「脅迫された」と険しい顔つき

 現地で医療支援を行う日系企業の担当者が説明する。

 

「山本さんのクリニックから提携できないかという話を持ち掛けられました。そこで、フィリピンで医療行為ができる資格を提示するようメールで伝えましたが、返信がありませんでした。フィリピンでは、外国人医師による医療行為は認められていませんので」

 

 山本容疑者のクリニックは、フィリピンの国内法に抵触する可能性があったということだ。

 

“日本クオリティー”を届けるためにセブ島へ乗り込んだ山本容疑者だったが、日系企業からの協力は得られず、厳しい運営を迫られることになった。在留邦人からは「診療費が高い」などと言われ、患者も来なくなったために同年12月、閉鎖に追い込まれたという。

 

 ところが山本容疑者自身は、閉鎖の背景について、周囲の在留邦人たちに別の説明をしている。前述の関係者が言う。

 

「(提携を断った)日系企業から脅迫されたと、険しそうな表情で語っていました。それで閉鎖に追い込まれたようです。少しずつ患者さんも増え、これからだと言っていたんですが……」

 

 一方の日系企業担当者は、脅迫については完全に否定している。

 

「そんなことしないです。そもそも脅迫する理由がありません。ただ、提携をしなかったことが納得いかなかったようですね」

 

 山本容疑者が語る脅迫の有無は不明だが、いずれにしても両者はセブ島で競合関係にあったため、ビジネスをめぐって何らかのトラブルが起きたとみられる。

 

 閉鎖されたクリニックは、外資系企業に売却され、常駐の日本人医師は日本へ帰国したという。

 

 山本容疑者がクリニックの開設に出資した額までは明らかになっていないが、フィリピン進出に挫折したことで、かなりの損失を被ったとみられる。もし彼が異国の地での医療ビジネスに成功していたら、「130万円嘱託殺人」は果たして……。

 

 会報誌で「セーフティネット」の重要性を掲げていた山本容疑者。だが彼はフィリピンで夢破れ、わずか1年以内に嘱託殺人に手を染めている。ひとりのALS患者の命を奪った山本容疑者にとって、医療の「セーフティネット」とは何を意味していたのだろうか。

 

水谷竹秀/ノンフィクションライター

 

週刊新潮WEB取材班編集

 

2020年8月13日 掲載

 

新潮社

 

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