▼自他共の幸福を目指す。
その第一歩は、眼前の一人と心を通わせことである
▼青年世代の頑張りに期待される。
青年は堂々と信念を語っていくのだ。
▼広島で被爆し、12歳で亡くなるまで鶴を折り続けた佐々木貞子さんの兄で、被爆者の雅弘さん(83歳)は「貞子がノーベル平和賞を一番喜んでいる」と受けとめていたそうだ。
貞子さんは、1955年10月に白血病で亡くなるまで、回復を願い鶴を折りづづけた。
雅弘さんは、その貞子さんの生涯を伝え、貞子さんが残した鶴を平和の象徴として国内外に送ってきた・
貞子さんがモデルとなている広島・平和記念公園の「原爆の子の像」には、年間1千羽の折り鶴が献納される。
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