「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・07・11

2007-07-11 09:09:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「人の一生    二部四年 山本夏彦

 おいおい泣いているうちに三つの坂を越す。生意気なことを言っているうちに少年時代はすぎてしまう。その頃になってあわてだすのが人間の常である。あわててはたらいている者を笑う者も、自分たちがした事はとうに忘れている。かれこれしているうちに二十台はすぎてしまう。少し金でも出来るとしゃれてみたくなる。その間をノラクラ遊んでくらす者もある。そんな事をしているうちに子供が出来る。子供が出来ると、少しは真面目にはたらくようになる。こうして三十を過ぎ四十五十も過ぎてしまう。又、その子供が同じ事をする。こうして人の一生は終ってしまうのである。

 仮名遣いを改めただけでむろん旧のままである。そのころになってあわてだすのが人間の常だなんて、今の私の口癖そっくりである。重ねていうがどういう料簡で書いたのか分らない。ただ直感的に人間は永遠に同じだとみたのだろう。すでに私の前途は明るくない」

   (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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