今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。
「人の一生 二部四年 山本夏彦
おいおい泣いているうちに三つの坂を越す。生意気なことを言っているうちに少年時代はすぎてしまう。その頃になってあわてだすのが人間の常である。あわててはたらいている者を笑う者も、自分たちがした事はとうに忘れている。かれこれしているうちに二十台はすぎてしまう。少し金でも出来るとしゃれてみたくなる。その間をノラクラ遊んでくらす者もある。そんな事をしているうちに子供が出来る。子供が出来ると、少しは真面目にはたらくようになる。こうして三十を過ぎ四十五十も過ぎてしまう。又、その子供が同じ事をする。こうして人の一生は終ってしまうのである。
仮名遣いを改めただけでむろん旧のままである。そのころになってあわてだすのが人間の常だなんて、今の私の口癖そっくりである。重ねていうがどういう料簡で書いたのか分らない。ただ直感的に人間は永遠に同じだとみたのだろう。すでに私の前途は明るくない」
(山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
「人の一生 二部四年 山本夏彦
おいおい泣いているうちに三つの坂を越す。生意気なことを言っているうちに少年時代はすぎてしまう。その頃になってあわてだすのが人間の常である。あわててはたらいている者を笑う者も、自分たちがした事はとうに忘れている。かれこれしているうちに二十台はすぎてしまう。少し金でも出来るとしゃれてみたくなる。その間をノラクラ遊んでくらす者もある。そんな事をしているうちに子供が出来る。子供が出来ると、少しは真面目にはたらくようになる。こうして三十を過ぎ四十五十も過ぎてしまう。又、その子供が同じ事をする。こうして人の一生は終ってしまうのである。
仮名遣いを改めただけでむろん旧のままである。そのころになってあわてだすのが人間の常だなんて、今の私の口癖そっくりである。重ねていうがどういう料簡で書いたのか分らない。ただ直感的に人間は永遠に同じだとみたのだろう。すでに私の前途は明るくない」
(山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)