今日の「お気に入り」。
「 おじいちゃんは空中に跳びあがって踵を二回打ちあわせようとして死んだ。その晩、家のなかには人が大勢
いて、おじいちゃんはその前にすでに二度もその芸に挑戦していた。いつもおじいちゃんを励ますおばあちゃん
は、『もういっぺんやってごらんなさいな。三度目の正直というじゃないの』と言った。おじいちゃんは跳びあ
がったと思うと崩れるように床に倒れ、そのまま起きあがらなかった。」
「 おじいちゃんが死んだとき、おじいさんは『男の死に様にしては、なんというバカな死に方をしたんだ』と言
って、関節が白くなるまで手を握りしめていた。おじいさんが人前で泣くのは、一人娘を亡くして以来のこと
だった。
あとでおばあちゃんは言った。『あの二人はまるで違うタイプだったけど、とても仲がよかったの。生涯を
通じて。お互いにバランスを取り合っていたのよ』
おじいさんは『スコットランド・ハイランドの歴史』という本を読みながら死んだ。読みかけのページに
一本の指が置かれ、本はその指をはさんだまま閉じられて、眼鏡が鼻からずり落ちていた。ちょうどグレン
コーの虐殺について、内と外からの裏切りの話を読んでいたところだった。あえて法を破ればこうなるとい
う見せしめのために殺された『厄介な』男の話。それまでの自分の生き方が仇になって死んだ独立独歩の男
の話だった。
予想どおり、おじいさんは何もかもきちんと整えてから世を去った。柩をかつぐ人や、葬儀で演奏する音楽
をリストにしていた。」
「 どちらの祖父も、一人が建て一人が管理した病院では死ななかった。」
「 おじいちゃんはあるとき、おじいさんに言ったことがある。『あんた、女友だちでもつくったらどうかね』
おじいさんはこう言い返した。『それじゃあ、あんたは、人のことには口出さないで、自分の心配でもした
らどうかね』」
( アリステア・マクラウド著 中野恵津子訳 「彼方なる歌に耳を澄ませよ」新潮社刊 所収 )