「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

B足らん Long Good-bye 2024・10・17

2024-10-17 07:12:00 | Weblog

 

  今日の「 お気に入り 」 は 、作家 谷崎潤一郎さん の

 長編小説「 細雪 」の一節 。

  引用はじめ 。

 「 脚気は阪神地方の風土病であるとも云うから 、
  そんなせいかも知れないけれども 、此処の家
  では主人夫婦を始め 、ことし小学校の一年生
  である悦子までが 、毎年夏から秋へかけ脚
  気に罹り罹りするので 、ヴィタミンBの注射
  をするのが癖になってしまって 、近頃では医
  者へ行くまでもなく 、強力ベタキシンの注射
  薬を備えて置いて 、家族が互いに 、何でも
  ないようなことにも直ぐ注射し合った 。そし
  て少し体の調子が悪いと 、ヴィタミンB欠乏
  のせいにしたが 、誰が云い出したのかそのこ
  とを『 B足らん 』と名づけていた 。
   ピアノの音が止んだと見て 、妙子は写真を
  抽出に戻して 、階段の降り口まで出て行った
  が 、降りずにそこから階下を覗いて 、
  『 ちょっと 、誰か 』
   と声高に呼んだ 。
  『 ―― 御寮人(ごりょうん)さん*注射しやはる 
  で 。―― 注射器消毒しといてや 』」

  ( * 大阪を中心に西日本の店において 、商家
   では主に「若奥さん」を意味する言葉 )

   引用おわり 。 

  (⌒∇⌒)

    「 細雪 」を読むのは 、この年 ( 76歳 ) になって 、初めての

  こと 。永年「 アラサ―女性の婚活小説 」くらいに考て 、

  敬遠してた 。読み始めてすぐに出会ったのが 、上掲のくだ

  りである 。一つ一つの文章は 、概して 、だらだらと長い 。

   話し出すと止まらない 関西のおっちゃんの「 おしゃべり 」の

  ように 、どこまでも続く 。読み馴れてくると 、なぜか心地よい 。

   この小説 が描く物語は 、明治42( 1909 年 ) 生まれの筆

  者の母が 、生まれ育った大阪船場や二十代 、三十代に住み

  らし阪神間がその舞台のようである 。十六歳 、年の違う長

  兄が 、二十ほど前に亡くなる直前 、病床に持ち込んでいた

  文庫本が「 細雪 」だった 。自分が生まれ育った世界を懐かし

  んでのことだったのではないかと今にして思う 。

   小説の全篇にわたって使われている「 船場言葉 」を筆者の

  母 ( 大阪船場の材木商の長女 ) も79年の生涯変わらず使っ

  ていた 。彼女も 、嫁いだ先で「 ごりょんさん 」と呼ば

  ていた時期があったらしい 。

   小説の第一章のおわりにある 上掲の 「 家庭医療 」の風景 、

  かかりつけ医から 注射法の指導を受けた上でのことと思わ

  れるが 、戦前の昭和10年代に 一般人が家庭で注射をしてい

  たのは 、当時の阪神間では 、事実だったようである 。その

  名残りか 、家庭内注射は 、戦後生まれの筆者も 、昭和30

  年代の小学生の頃に 、家でよく目にしたもので 、母も 、そ

  して十六歳 、年の違う兄も 、日常的に 、ビタミン剤 、ブド

  ウ糖などの薬剤を 、家で注射器を消毒して 、皮下注射のみ

  ならず 、静脈注射をしていた記憶が 、筆者にはある 。素人

  が 、よく自分で自分の腕に注射が出来るもんだと感嘆の面

  持ちで眺めていたものである 。

   疲れた風を見せると 、「 B足らん 」と筆者もよく言われた 。 

   脚気の原因が 、日本で医学的に「 潜在性ビタミンB欠乏症 」

  とされたのは 昭和9年 のことだそうで 、その頃から広まった

  風ではなかろうか 。

    栄養状態の改善とビタミン剤の普及により 、筆者が小学生だっ

  た昭和30年代には 、脚気による死亡者数はかなり減っていた

  ようである 。膝小僧を叩く脚気の検査やその遊びは今でもよく

  覚えている 。

  (⌒∇⌒) 。

   因みに「 細雪 」の最後の一文は 、嫁ぎ行く三女 雪子の

   「 ・・・ 下痢は とうとうその日も止まらず 、
     汽車に乗ってからもまだ続いていた 」。

    なんで「 下痢 」で終わるの? 現代ならストレスからくる

  「 潰瘍性大腸炎 」とでも診断される症状かもしれない 。

    ワカマツのんでも 、アルシリン錠のんでも下痢が止まらない 、

  嫁ぎ行く雪子の不安定で 、心許ない 心情が表現されているの

  だが 、作家自身の痼疾だったのかもしれない 、そんな気がする 。

  (⌒∇⌒) 。

 ( ついでながらの

   筆者註:「『 細雪 』(ささめゆき)は 、谷崎潤一郎の長編
       
小説 。1936年(昭和11年)秋から1941年(昭和16

       年)春までの大阪の旧家を舞台に 、4姉妹の日常
       生活の明暗を綴った作品 。阪神間モダニズム時代
       の阪神間の生活文化を描いた作品としても知られ 、
       全編の会話が 船場言葉 で書かれている 。上流の
       大阪人の生活を描き絢爛でありながら 、それゆえ
       に第二次世界大戦前の崩壊寸前の滅びの美を内包し 、
       挽歌的な切なさをも醸し出している 。作品の主な
       舞台は職住分離が進んだため住居のある阪神間
       ( 職場は船場)であるが 、大阪( 船場 )文化の
       崩壊過程を描いている 。」

      「 谷崎潤一郎の代表作であり 、三島由紀夫をはじめ 、
       多くの小説家・文芸評論家から高く評価され 、しば
       しば近代文学の代表作に挙げられる作品である 。
       『 細雪 』は昭和天皇にも献本され 、天皇自身は
       通常文芸作品を読まないが 、この作品は全部読了
       したと谷崎は聞いたという 。」

       「 1950年代に 、英語( The Makioka Sisters )に翻訳 、
       アメリカで出版されたことを皮切りに 、世界各国
       でも出版されており 、スロベニア語・ドイツ語・
       イタリア語・中国語・スペイン語・ポルトガル語・
       フィンランド語・ギリシャ語・フランス語・セルビ
       ア語・ロシア語・韓国語・オランダ語・チェコ語・
       トルコ語に翻訳されている 。

       なお 、作中には年号の表記が出てこないが 、作中
       で四季の移り変わりと 、阪神間を襲った大きな気象
       災害( 阪神大水害 )が克明に描かれているため 、
       この作品は日中戦争勃発の前年1936年(昭和11年)
       秋から日米開戦の1941年(昭和16年)春までのこと
       を書いているとされている 。

       大阪船場で古い暖簾を誇る蒔岡家の4人姉妹 、鶴
       子・幸子・雪子・妙子の繰り広げる物語 。三女・
       雪子の見合いが軸となり物語が展開する 。

       主な登場人物
       蒔岡家
       ・鶴子 - 長女、本家の奥様
        ・辰雄 - 鶴子の婿養子、銀行員
       ・幸子 - 次女、分家の奥様 -「ごりょうんさん」
          (船場言葉「御寮人さん」= 若奥様)
           谷崎の妻・谷崎松子がモデル。
        ・貞之助 - 幸子の婿養子 、計理士
        ・悦子 - 幸子と貞之助の娘
       ・雪子 - 三女 - 「 きやんちゃん 」
          「雪(ゆき)姉ちゃんがつづまった言葉)
       ・妙子 - 四女 -「 こいさん 」
         ( 船場言葉「小娘さん」= 末娘 )

     (⌒∇⌒) 。

     「 脚気(かっけ 、英語: beriberi )とは 、ビタミン
      欠乏症の1つであり 、重度で慢性的なビタミンB1
      (チアミン)の欠乏により 、心不全と末梢神経障害を
      きたす疾患である 。軽度の場合は 、チアミン欠乏症
      と呼ばれる 。 」

     「 強力ベタキシンは 、バイエル社から売り出
      されていた合成結晶ビタミンB1の商標名
      で 、1 日に 1、2アンプルを皮下または
      筋肉内に注射することで脚気の治療に効果
      があった 。」

     「 ワカマツ:『 ワカ末(マツ)錠 』は 、
      古来民間で健胃・下痢止として用いられ
      た “ 黄柏(オウバク)” から抽出された
      塩化ベルベリンを成分とする『 下痢止 』。
       健康の源であるおなかの調子を整え 、
      下痢 、食あたり 、水あたりなどによく
      効く 」とか 。

     「 アルシリン錠『タケダ』:腸内清掃、吸著
      殺菌剤 」とか 。

     以上ウィキ情報 ほか 。)   

     (⌒∇⌒) 。

 

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