「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

火宅の人 Long Good-bye 2024・12・16

2024-12-16 06:16:00 | Weblog

 

    今日の「 お気に入り 」は 、沢木耕太郎さんの著書

  「 檀 ( だん ) 」の終章に引用されている 作家の 檀一

  雄 さん が綴られた夫人あての手紙 。

    夫人のお名前は 、福岡県柳川市生まれの ヨソ子 さん 

  「 檀 」の主人公である 。

   作家の檀一雄さんが 、昭和26年 ( 1951年 ) 、

  鯨船に乗り込んで 、はるばる南氷洋に出掛けられた折

  り 、旅先からヨソ子夫人に宛てて出された長文の手紙

  だそうである 。

   昭和26年 、檀一雄さんは 、御年(おんとし) 39歳 、

  直木賞を受賞されるなど 、文壇での声価が高まってい

  た時期に夫人宛て書かれた私信で 、当然のことながら 、

  余人の目に触れることを想定していない 、夫人に対す

  る あけすけな物言いになっている 。旅先の開放感も

  手伝ってのこととはいえ 、妻に対してそこまで上から

  目線で語りかけるかという 、支配 ・被支配の関係を

  うかがわせるような手紙である 。

   70年前の戦後間もない昭和の時代のことで 、こん

  ちの感覚で 、その時代の人の家父長的な考え方や物言

  いをじてもはじまらないし 、手前勝手 、身勝手な人

  であることに 、二十世紀も二十一世紀もなく 、勘定高

  い俗人しか言いようがないような 文面ではあるが ・・・ 。

   同じ「 無頼派 」と呼ばれる作家であっても 、太宰治

  さんとは 、大分違うような 。

   ともあれ 、引用はじめ 。

  「 新年おめでとう 。太郎次郎と大変なことでしょ  
   う 。そのほか諸雑事ほったらかしの儘だったか
   ら 、御心労さこそといつも感謝しております 。
   扨 、結婚以来 、一度もあなたに手紙を書いたこ
   とがなかったような気がするから 、今日は一つ
   思い切って 、長い手紙に致します 。今後も又書
   く機会は無いと思いますし 、この手紙 、後年格
   別の変化が無い限り遺書をも兼ねておきますから 、
   出来たら保存をしておかれるがよろしいでしょう 。
    平常冗談にまぎらわせて 、口に出したことはあ
   りませんが 、失意の時 、大事の時 、私よりも
   何層倍も沈着であり 、激励にみちているあなた
   の心意気を 、私は大変尊敬しております 。それ
   でなかったなら 、私は何度も自分の道を見迷った
   ろうとすら 、考えることがあります 。私は持続
   的に女を愛することなど出来ない性分ですが 、あ
   なたの落着いた性格を畏れもし 、深く愛してもお
   ります 。

    私はあなたを 、実はいい加減に貰ったのですが 、
   天の与えてくれた好伴侶に感謝しております 。 
   ムラ気で 、御気分屋の私にとって 、あなたのよ
   うな飾りのない敦厚(とんこう)な愛情を得たこと
   を誇りに思っております 。
    あなたへの感謝は 、『 リツ子 』の中の静子と
   いう形で転化して描いたことを 、あなたはまだ
   信じていないようですね 。

    これから少し悪口も書きますが 、怒らないでど
   うぞ考えて見て下さいあなたは優しいし厚味
   のある人柄ですが 、その優しさを表現すること
   は甚だ拙劣ですね 。私はあなたと森を歩いたこ
   とも 、月を眺めたことも 、海辺に立ったことも
   ありません 。それは私が誘わないばかりでなく 、
   来客や家族が多いので忙しいばかりでなく 、あ
   なたが来ようとしないのです 。
    例えばあなたと立った姿勢で接吻をしたことが
   あったでしょうか 。これもまた私が悪いばかり
   でなく 、あなたが 、二人だけの愛情を感じなが
   ら私の傍に立って 、じっと待っていてくれたと
   いうことが一度もなかった証拠にほかなりません 。
    例えば私達大家族が一緒に電車に乗ったとしま
   す 。あなたが私の傍に座ったためしが有ったで
   しょうか 。
    更にあなたは 、夜の愛撫をかわし合うときにも 、
   おおむね非常に投やりであるか 、大まかである
   かのようです 。それも又私が疲れているのと 、
   力の足りない故であるかも知れませんが 。
    私は繰り返しあなたに云っております 。仕事が
   煩労ならば女中さんを二人でも三人でも雇ったら
   よいではありませんか 。そうしてあなたはあな
   たの力を私の仕事の周囲に注いでくれるか 、乃
   至はあなたの教養 、慰安に向けてくれるがよい
   ではありませんか 。
    おしめを洗ってくれることもありがたいが 、そ
   ういう仕事は人にまかせて 、野山に立ち 、生き
   る喜びを知り 、激励を交わし合って 、殆ど亡び
   かかっている私を更新して貰いたいのです 。」

    ( 中 略 )

  「 さて 、これからは生きている間に起り得る出来
   事について私の意見を明瞭にしておきます
    あなたにかりに恋人が出来ても一向にさしつか
   えありませんよ 。私が余り愉快に思うかどうか
   は別にして 、誰でも自由に愛し 、愛されるべき
   だからです 。但し肉体関係ができているときに
   は 、なるべくそれを報せ合いたいものですね 。
   何故なら自分の子供でない子を知らずに 、かか
   えあげているのは悲惨ですから 。
    あなたに愛人が出来た節も 、あなたからの申出
   がない限り 、私の方から離婚の申出は決して致し
   ません 。別居はするとしても 、あなたが私の夫
   人であって何のさしつかえはないわけですから 、
   従って下石神井のあなたの家はあなたの愛人と暮
   す巣になってもさしつかえないわけです 。それは
   今日迄のあなたの御辛労に対する感謝からです 。
   かりにあなたが愛人と結ばれて 、どうしてもあな
   たから離婚の希望がある節も 、次郎の連れ子料と
   して 、あの家を贈呈いたします 。家がいやなら 、
   家の代価六十五万円を( 一時には払えないし 、
   金で払うのはあやしいが )さし上げる約束をして
   おきます 。若しそんなことがあった節 、この手
   紙を証拠として裁判所に提出して下さい 。
    若し又 、私に愛人が出来た節も 、あなたと離婚
   はいたしません 。私は別宅を構えてその方へ逃げ
   てゆくだけのことで 、その際はあなたと子供達の
   充分な養育費を負担しましょうね 。
    以上 、洗いざらい色んなことを書きましたが 、
   しかしもう何年生きるか 、憫(あわ)れな人間同士
   であってみれば 、なるべく仲良く一緒に 、乗り
   かかった船とあきらめて 、死ぬ迄信じ合って生き
   てゆきたいものですね 。
    それには 、もっとお互いに愛情の技巧に気をつ
   け 、電車に乗る時には一緒に掛け 、腕を組んで
   野山を歩き 、月や花を愛し合い 、時には立った
   接吻を交わし 、夜の愛撫にも慰め合い 、いたわ
   り合い 、お互いのよろこびの源泉を深くし 、お
   互いのよろこびを教え合い 、ヤキモチを焼かず 、
   深く信じ 、事破れた時には率直に 、なつかしい
   昔の夫婦だったという立場から相談し合うことに
   致しましょう 。
     一月十日           檀一雄   」

  ( 沢木耕太郎著 「 檀 」新潮文庫 所収  )

   引用おわり 。

   この文面だけみると 、檀一雄さんの現状認識として「 夫婦

  の愛情関係は すでに 破たんしている 」ようです 。

   これだけ挑発的内容の手紙を作家が書いても 、その後何年

  もの間 、夫人の作家に対する対応に 、作家が期待するほど

  に目立った変化はなかったんでしょうね 、きっと 。

   こんな形で思いを口にした以上 、作家としては 、「 火

  の人 」の道へ 、お考え通り 、何年か後に淡々と進まれたん

  でしょう 。

   鈍感といえば 、鈍感なんでしょうね 。人間にはよくある

  ことではありますが 、自己防衛本能 。 

   見たくないものは見ないというか 、見えない 。

   聞きたくないことは聞かないというか 、聞こえない 。

   読みたくないことは 、頭に残らないというか 、残さない 。

   あとで気が付く てんかん病み 。

  。。(⌒∇⌒); 。。

  ( ついでながらの

    筆者註:「 沢木 耕太郎(さわき こうたろう 、1947年11月
        29日 - )は 、日本のノンフィクション作家・エ
        ッセイスト・小説家・写真家 。」

       「 檀 一雄(だん かずお、1912年〈明治45年〉2月
        3日 - 1976年〈昭和51年〉1月2日)は 、日本の
        小説家 、作詞家 、料理家 。」

         以上ウィキ情報 。)

 

  

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