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今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 電気も電話もない国が南方にはまだある。国というより島に近いからこういうところがあるのだろう。天然
の木の実やくだものを食べて、金はあっても使い道がほとんどない。飛行機も素通りして行く。
どこにあると問われても、世界の地理に暗い私には答えられない。むかし神経衰弱といった病いをわずらっ
ている私の親しい友が、そこへ何度も往復してもたらした話である。
そういう国へもこのごろは日本の商社が進出して、発電所をつくろうとする。発電所へいたる道をつくって
トラックを走らせ、こんどは乗用車を売りこもうとする。
そこの国の大臣はひとかどの人物で、西洋で学んでたいていは西洋の人になって島に帰らないのに帰ってき
た人だそうである。商社の社員が大臣に許可と協力を求めると、なぜ道ぶしんをなさると問う。トラックを通
すためです。トラックを通して何をなさる。発電所をつくるためです。なぜ発電所をつくる。夜を明るくする
ためです。夜を明るくして何をなさる。働くためです。
夜も働くのですかとその大臣は問う。働くのは昼だけで沢山だと言うので、あわてて働くだけではない、学
んだり遊んだりするためですと答えたら、大臣は笑って夜はねむるときですと言って、道ぶしんの労役の提供
をことわったという。
商社々員はそんな返事をきいたことがないので、手をかえ品をかえ説得を試みたが、ここでは日本の言葉は
通じなかった。文明と文明国なら知らないではないと大臣は言うので、社員は返す言葉がなくヤバン国じゃ仕
方がないと本国にひきあげてその旨報告した。本社はその社員をほかの発展途上国に派遣して、幸か不幸かそ
の国は夜を明るくする主旨を理解して発電所もでき自動車も走ってわが国の二の舞を演ずることになりそうで、
社員の本社のおぼえもめでたいと聞いたが、友はそれからも夜はねむる国に行って夜ごとねむって病いを養っ
ている。」
(山本夏彦著「世はいかさま」 新潮社刊 所収)
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