今日の「 お気に入り 」は 、司馬遼太郎さん の
「 街道をゆく 9 」の「 播州揖保川・室津みち 」。
今から50年ほど前の1976年の「週刊朝日」に
連載されたもの 。備忘のため 、「 播州室津 」に
ついて書かれた数節を抜粋して書き写す 。
引用はじめ 。
「 播州平野でもっとも海近くをとおっている道路
は 、国道250号である 。そこまで出ても途
中の山がさえぎって 、まだ海が見えるに至らな
い 。ただ海風のにおいはする 。
道路上で 、一軒みつけた 。いかにも付近の農
家が田ンボを潰してやっているといったふうの泥
くさいドライブ・インで 、入るとあざとい色調
のミュージック・ボックスが置かれている 。元
青線のネオンのようなこの種の音楽箱のデザイン
というのはいまの日本のどの層の感覚に迎合して
いるのかわからないが 、ともかくもこれが置か
れている店に入る場合には 、多くの期待は禁物
である 。
このあたりは 、姫路市の西郊になる 。姫路市
というのは 、私の手もとの昭和初年の資料では
人口は六万であった 。また戦争で市街のほとん
どが焼けてしまったし 、敗戦の直後は師団など
が無くなったせいもあって 、人口も五万ほどに
まで落ちた 。その後 、工業設備が集中してい
まは四 、五十万だというから 、短期間にとほ
うもなく膨張した 。このために近郊の土地が騰
貴して 、かつてのどかだった田園が 、農地な
のか 、ごみ捨て場なのか 、無秩序な宅地なの
か 、つかみがたい景色になっている 。
『 ほんのさっき見た龍野の町が 、もう夢の中
の町のように思えますな 』
と編集部のHさんがいった 。」
(⌒∇⌒) 。。
「 陽が瀬戸内海に傾くころに 、室津に着いた 。
七曲からの道路は 、嫦娥山(じょうがざん)の
崖の中腹を通っている 。道路上から 、室津の
入江の景観が見おろせる 。宿は 、その道路上
に 、崖に背をもたせかけるようにして建ってい
る 。
宿は新築の建物で 、かつて室津の物寂びた風
情を愛した文人墨客が見れば 、あるいは歎く
かもしれない 。
『 室津では 、宿は 、ここぐらいしかないん
です 』
と 、この宿を予約してくれた編集部のHさん
自身 、無意味な自動ドアの前で 、閉口したよ
うに笑った 。ほこりっぽいコンクリート 、喫
茶店によく置かれているような観葉植物 、装飾
として置かれている漁師舟など 、何だか変に不
統一で気分が落ちつきにくかったが 、部屋に入
ると 、この宿に感謝する気持になった 。
アルミ窓枠のガラスいっぱいに室津港が見おろ
せるし 、地図ではよほど沖合かと思っていた中
ノ唐荷島と沖ノ唐荷島が 、ちかぢかと見えるの
である 。
『 歩きますか 』
歩行能力に卓越している須田画伯は 、歩くなら
自分が案内してやるという勢いを示してくれたが 、
むしろ今宵は 、この窓から日没で翳(かげ)の移ろ
ってゆく入江を眺めているほうがよさそうに思え
た 。」
「 なるほどこの地勢を見ていると 、奈良朝以来 、
幕末まで名津(めいしん)といわれてきたことが
うなずける思いがする 。
湾口を西方の沖にむかってひらいている 。その
小さな口を囲んでいる三方の陸地はことごとく山
壁で 、風浪をふせいでいる 。しかも山脚がいき
なり海に落ちているために底までは深そうである 。
湾の奥のわずかな平坦地にいらかがひしめき 、江
戸期には港市としてのにぎわいを『 室津千軒 』
などと誇張された 。上陸地のその平坦地に接して
いるあたりの海でさえ水はよほどの深さであると
いうから 、五百石 、千石の船が 、湾のもっとも
奥に投錨することができ 、荷の揚げおろしに便利
であったにちがいない 。
湾は 、意外に小さい 。
湾の小ささが 、室津の風情(ふぜい)をいっそう
濃くしている 。古くは遣唐使船の舟泊(ふなどま
り)になり 、平安末期には西海へ落ちてゆく平家
の船団の一部を休ませ 、室町期には京都商人を
のせた遣明船がここで風を待ち 、江戸期にはさ
らに殷賑をきわめ 、参勤交代の西国大名の船の
寄港地になったというが 、この船泊の小ささは
どうであろう 。当時の船というのは 、外洋船
でもこんにちの船のイメージからいえばよほど
小さかったにちがいない 。その小ささには 、
三方の山の翠巒(すいらん)が海にくろぐろと映
りはえている程度の小ぶりな水面がちょうど間
尺(ましゃく)に適(あ)っていたのかと思える 。
科学的な推量ではない 。美的イメージとして
である 。」
引用おわり 。
作家は 、五十年前の姫路市西郊を例に挙げて 、日本の都市
近郊の身も蓋もない無残な姿を描き歎いているが 、その状
況は 、おそらく 、五十年後のこんにちも変わりはないであ
ろう 。いや 、いっそう劣化しているに違いない 。
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