琉球の時代、
「王様の行列」と聞いて
思い浮かべるのはどのような光景でしょうか。
↑江戸上り(江戸立)の絵図だったり、
(※これは王様の名代ですが)
↓首里城祭で国際通りで披露される
絵巻行列の光景だったりするかもしれません。
(写真は’09のもの)
路次楽を奏で、
華やかながらも粛々と進む王様の行列。
でも、それはどちらも近世の琉球。
では、古琉球の行列はどんな雰囲気だったのでしょう。
15世紀、
漂流して琉球に一時滞在していた朝鮮人と、
朝鮮に渡った琉球の使者から
当時の琉球について聞き取り記録されたものが
「朝鮮王朝実録」にあります。
その中にある、
王様の行列の記述をピックアップ。
(意訳:和々)
国王が外出する時は
護衛の軍士約300名余りが付き従い
皆、甲冑をつけ馬に乗っている。
兵は弓矢や槍、剣、
または鉤のような形の物を持っている。
前後、列をまじえて行く。
国王は轎(輿)、
または馬に乗る。
護衛の軍士は歌を歌う。
その曲風は農歌(農民の歌う俗謡)のようである。
『朝鮮王朝実録 琉球史料集成』(榕樹書林/2005)
300名の武装した軍兵が
みんなで歌を歌いながら行進。
しかも、それは農歌のような歌だったと。
…え?
ピクニック!?
物々しい、いかめしい様子ではなく、
なんだかすごくほのぼのした行列を想像したのは私だけ!?
だって、農歌のようってことは
農作業しながら歌うようなすごく素朴な、
そういう日常的で、童謡的で、誰でも歌えるような、
単純な歌なんじゃないかな?
個人的なイメージ言えば、
「もののけ姫」に出てくる、
たたら場の女たちが作業しながら歌ってた
あの歌(タタラうた)のような雰囲気?
こんな曲↓
参考までに、カバーして歌ってる方の動画を。
おっ、こんなのもあった。
中国?台湾?の耕農歌。
こんな雰囲気の歌だったかも?
この行列の記述は1461年のこと。
ということは、
その王様とは尚徳ということになります。
暴君として名高い尚徳。
物々しい軍歌とかで威圧的な行進とかなら
暴君尚徳のイメージそのものだけど…
農歌(のような曲)を合唱しながら進む尚徳王の行列…
やっぱり、
めっちゃかわいい!!(笑)
この行列のスタイルはもしかしたら、
尚徳の前代、尚泰久の時も
同じだったかもしれない。
となると、大城賢雄が王軍のリーダーとして
その行列の(いや、合唱の!?(笑))指揮をとっていたかも…!?
王様は首里城と、旧城(島添大里グスクと考えられている)を
時々行き来し、2・3日、あるいは4・5日滞在することもあったそう。
その城を行き来する時の行列の記述。
アゲイン。
国王が外出する時は
護衛の軍士約300名余りが付き従い
皆、甲冑をつけ馬に乗っている。
兵は弓矢や槍、剣、
または鉤のような形の物を持っている。
前後、列をまじえて行く。
国王は轎(輿)、
または馬に乗る。
護衛の軍士は歌を歌う。
その曲風は農歌のようである。
うーーーむ、のどかだ…。