父は自分の人生をどのように感じていたのだろう。その後三十年の時が流れて、私もまもなく父の他界年齢を超え六十五歳となる。
二十歳前に志願して兵隊になり二十六歳に終戦を迎え海外から故郷に帰る。蓄えていたお金は価値のないものとなった。農業を手伝っていて、二十七歳に母と結婚。姓が変わる。二十八歳より三人の子ができる。三十歳の時私が生まれる。この時代は昭和二十五年に朝鮮戦争が始まり日本の景気は良くなってゆく。三十数歳にサラリーマンとなり家は兼業農家となった。これにより生活が安定してくる。私と一緒に暮らした二十年、小学校時代は飼い牛の餌用の草刈、米収穫時の稲刈りや脱穀などの手伝いをした。父が五十歳の時、私の大学合格に職場の人が家に集まり祝いの品を頂いた。父も嬉しかったのだろう。私は四年後に就職し、その二年後に結婚した。私の二人の子の下は、父には六十二歳時の孫だ。
肺がんで入院中に、見舞いの義姉たちがいる時、「まだ死なんよ」と冗談交じりに言って、間無しに他界した。
父は戦後の大きく変化した時代に生きて、生き甲斐は見つけたのだろうか。言い残したいことはあったのだろうか。同じ年数を生きて、ふと父と比べている自分がいる。
写真は道端のスイセン
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