8月25日(木)、曇り。
相変わらず蒸し暑い一日でした。
仕事は、ややミニサイズの「古水無瀬」。
注文は彫り埋めの1組ですが、同じ流れで3組作っています。
2組は彫り埋めにして、残る1組をどうするか。
場合によっては、盛り上げにするかを考えながら、工程を進めています。
本日、大阪府島本町から、手紙が届きました。
今年度の地域活性化事業に関する会議が月末に開催されるとかで、その出席要請です。
昨年は文化庁から315万円の活動予算が下りました。
今年度は、少し減って280万円。
これで何をやるかです。
予算の詳細は分かりませんが、去年に引き続いて「中将棋の特別対局」は、開催されると思います。
去年の対局者は、神崎七段と中田巧七段でしたが、今年は誰と誰になるかです。
推薦者とか、妙案があれば教えてください。
ーーーー
昨日と今日、それぞれ一匹ずつですが、クワガタの訪問がありました。
それぞれ写真にしましたのでアップしておきます。
ついでにクマゼミも撮りましたので、ついでにアップしておきます。
相変わらず蒸し暑い一日でした。
仕事は、ややミニサイズの「古水無瀬」。
注文は彫り埋めの1組ですが、同じ流れで3組作っています。
2組は彫り埋めにして、残る1組をどうするか。
場合によっては、盛り上げにするかを考えながら、工程を進めています。
本日、大阪府島本町から、手紙が届きました。
今年度の地域活性化事業に関する会議が月末に開催されるとかで、その出席要請です。
昨年は文化庁から315万円の活動予算が下りました。
今年度は、少し減って280万円。
これで何をやるかです。
予算の詳細は分かりませんが、去年に引き続いて「中将棋の特別対局」は、開催されると思います。
去年の対局者は、神崎七段と中田巧七段でしたが、今年は誰と誰になるかです。
推薦者とか、妙案があれば教えてください。
ーーーー
昨日と今日、それぞれ一匹ずつですが、クワガタの訪問がありました。
それぞれ写真にしましたのでアップしておきます。
ついでにクマゼミも撮りましたので、ついでにアップしておきます。
8月5日(木)、雨。
先ほど目を覚ますと、戦後10年近くにわたって中国の地に留めおかれた数々の日本人の話が、BSドキュメンタリーとして放映されていました。
医師・看護婦・パイロット・電気技師など幾多の人々とその家族たち。
彼らは、そして彼女らは、新生中国の発展過程で、日本に帰ることなく徴用されました。
日中国交が無い中で、8年とか10年とか長期間留め置かれた民間人の方々です。
捕虜になった兵隊さんのことは多少知っておりましたが、それではありません。
出演者は小生より20才ほど上の人たちが多いのですが、そう言う歴史があることは知りませんでした。
戦後の中国は終戦間もなく、能力の高い日本人を、新生国家のために各分野で利用した歴史。
それを、留用された日本人の体験から語る内容でした。
かっての敵同士。
最初は、互いに疑心暗鬼の中、やがて個々に心の交流が生まれて、信頼関係が育つ。
南方で流行った日本吸血汁住虫を解明し、多くの中国人を救った医師。
素人学生に操縦を丁寧に教えたパイロット。
やがてそれが共産党空軍の礎になったという。これも如何ともしがたい歴史なんでしょう。
帰還して後に、日中国交の折りに通訳として役目を果たした女性。
国家の歴史というより、国家の歴史にどうしようもなく体験させられた人々の歴史です。
個人としてはどうしようもない状況の中で、真摯に生きたそれぞれ。
それを語る人たちの表情は、意外にも明るく力強いものでありました。
それを忘れないうちに、書きとめておきます。
先ほど目を覚ますと、戦後10年近くにわたって中国の地に留めおかれた数々の日本人の話が、BSドキュメンタリーとして放映されていました。
医師・看護婦・パイロット・電気技師など幾多の人々とその家族たち。
彼らは、そして彼女らは、新生中国の発展過程で、日本に帰ることなく徴用されました。
日中国交が無い中で、8年とか10年とか長期間留め置かれた民間人の方々です。
捕虜になった兵隊さんのことは多少知っておりましたが、それではありません。
出演者は小生より20才ほど上の人たちが多いのですが、そう言う歴史があることは知りませんでした。
戦後の中国は終戦間もなく、能力の高い日本人を、新生国家のために各分野で利用した歴史。
それを、留用された日本人の体験から語る内容でした。
かっての敵同士。
最初は、互いに疑心暗鬼の中、やがて個々に心の交流が生まれて、信頼関係が育つ。
南方で流行った日本吸血汁住虫を解明し、多くの中国人を救った医師。
素人学生に操縦を丁寧に教えたパイロット。
やがてそれが共産党空軍の礎になったという。これも如何ともしがたい歴史なんでしょう。
帰還して後に、日中国交の折りに通訳として役目を果たした女性。
国家の歴史というより、国家の歴史にどうしようもなく体験させられた人々の歴史です。
個人としてはどうしようもない状況の中で、真摯に生きたそれぞれ。
それを語る人たちの表情は、意外にも明るく力強いものでありました。
それを忘れないうちに、書きとめておきます。
駒の写真集
リンク先はこちら」
http://blog.goo.ne.jp/photo/11726