以前、何回かに分けて市川大門地区の道祖神をご紹介しましたが、今回は隣の高田(たかた)地区の道祖神を紹介します。
といっても、これで全てではないはずなので、他の道祖神はそのうちに、ということにします。
日中ずいぶんと暖かかったので、デジイチを持って散歩に出かけました。
七軒町(しちけんちょう、古い地域名なのでわかる人にしかわからないのはご勘弁を)を山の方に上がり、印川沿いに桜を見て回りました。
それが冒頭の写真。
友人の話では割と新しく植えられた桜であるとのこと。
若いだけあって花に勢いがありますね。
ちなみに「印川」と書いて「おしでがわ」と読みます。
まあ、地元でも「いんがわ」と呼ぶ人もおり、その読みで通じますが。
何年か前にこのあたりを調べて回った時に、「おしで」の由来を聞きました。
面白い話があるのですが、それはまたいつかの時に。
印川の土手を下りたところに、地元の人が「印沢の道祖神」と呼ぶ道祖神が立っています。
この辺りは「印沢(いんざわ)」という地区です。
正面から見たところ。
少々アンバランスな感じもしますが。
向かって左に祠、真ん中が道祖神と彫られた碑、そして右側が...、
何とこれが道祖神でした。
可愛い!
台の石にしっかりと固定されているのは、以前もうひとつあった道祖神が何者かに持ち去られてしまったからなのだとか。
悪いことをする奴がいるものです。
桜の時期なので、高田公民館に立ち寄ってみました。
学校と言えば桜、そして二宮金次郎の立像。
金次郎像にはやはり桜が似合います。
昔校舎が建っていたところは運動場というか広場になっています。
夏にはここで盆踊り大会が開催されます。
ちなみに、ここの主事は私の中学校の時の同級生、無尽仲間でもあります。
今年の秋にはみんなで旅行に行くのですが、それはさておき。
県道(甲府市川大門線)を横切ってしばらく歩くと二つ目の道祖神があります。
場所は上中浦自治公民館の敷地内。
実はここには道祖神という碑が無いので、確証はないのですがね。
真ん中の碑には「蠶影大神」と書かれていますが、これは「こかげおおかみ」と読むようです。
「蠶」は蚕(かいこ、山梨ではおかいこさんと呼びます)の旧字でしょうか。
いずれにしても養蚕の神様ですね。
隣の新しい石碑には「猿田彦命」と「猿田姫命」が並んで彫られています。
台の古さから見て、壊れたかして新しく付け換えたのでしょう。
猿田彦は天孫降臨の際に道案内をした導きの神として知られており、道祖神のモデルとも言われていますので、ここが道祖神といっても間違いはないでしょう。
養蚕が盛んであった山梨では、民間信仰であった道祖神とセットにして崇めていたものと思われます。
近くに教えてくれる人が見当たらなかったので、仮に「上中浦の道祖神」と呼んでおきましょう。
本当の名前をご存知の方は、ぜひご一報を。
この道をさらに西に進むと、また道祖神が現れます。
こちらはシンプルな碑で道祖神と彫られています。
年代は結構新しそうです。
碑の横に「高田邑二丁目」と彫られているので、そのままこの道祖神の名前としたいと思います。
(いいのかな、勝手に名付けてしまって)
久しぶりに6千歩以上の散歩になりました。
写真もいっぱいです。
といっても、これで全てではないはずなので、他の道祖神はそのうちに、ということにします。
日中ずいぶんと暖かかったので、デジイチを持って散歩に出かけました。
七軒町(しちけんちょう、古い地域名なのでわかる人にしかわからないのはご勘弁を)を山の方に上がり、印川沿いに桜を見て回りました。
それが冒頭の写真。
友人の話では割と新しく植えられた桜であるとのこと。
若いだけあって花に勢いがありますね。
ちなみに「印川」と書いて「おしでがわ」と読みます。
まあ、地元でも「いんがわ」と呼ぶ人もおり、その読みで通じますが。
何年か前にこのあたりを調べて回った時に、「おしで」の由来を聞きました。
面白い話があるのですが、それはまたいつかの時に。
印川の土手を下りたところに、地元の人が「印沢の道祖神」と呼ぶ道祖神が立っています。
この辺りは「印沢(いんざわ)」という地区です。
正面から見たところ。
少々アンバランスな感じもしますが。
向かって左に祠、真ん中が道祖神と彫られた碑、そして右側が...、
何とこれが道祖神でした。
可愛い!
台の石にしっかりと固定されているのは、以前もうひとつあった道祖神が何者かに持ち去られてしまったからなのだとか。
悪いことをする奴がいるものです。
桜の時期なので、高田公民館に立ち寄ってみました。
学校と言えば桜、そして二宮金次郎の立像。
金次郎像にはやはり桜が似合います。
昔校舎が建っていたところは運動場というか広場になっています。
夏にはここで盆踊り大会が開催されます。
ちなみに、ここの主事は私の中学校の時の同級生、無尽仲間でもあります。
今年の秋にはみんなで旅行に行くのですが、それはさておき。
県道(甲府市川大門線)を横切ってしばらく歩くと二つ目の道祖神があります。
場所は上中浦自治公民館の敷地内。
実はここには道祖神という碑が無いので、確証はないのですがね。
真ん中の碑には「蠶影大神」と書かれていますが、これは「こかげおおかみ」と読むようです。
「蠶」は蚕(かいこ、山梨ではおかいこさんと呼びます)の旧字でしょうか。
いずれにしても養蚕の神様ですね。
隣の新しい石碑には「猿田彦命」と「猿田姫命」が並んで彫られています。
台の古さから見て、壊れたかして新しく付け換えたのでしょう。
猿田彦は天孫降臨の際に道案内をした導きの神として知られており、道祖神のモデルとも言われていますので、ここが道祖神といっても間違いはないでしょう。
養蚕が盛んであった山梨では、民間信仰であった道祖神とセットにして崇めていたものと思われます。
近くに教えてくれる人が見当たらなかったので、仮に「上中浦の道祖神」と呼んでおきましょう。
本当の名前をご存知の方は、ぜひご一報を。
この道をさらに西に進むと、また道祖神が現れます。
こちらはシンプルな碑で道祖神と彫られています。
年代は結構新しそうです。
碑の横に「高田邑二丁目」と彫られているので、そのままこの道祖神の名前としたいと思います。
(いいのかな、勝手に名付けてしまって)
久しぶりに6千歩以上の散歩になりました。
写真もいっぱいです。
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