裏ユキヒロック

ロックとバイクとラーメンが大好きだ。

田母神氏の講演を拝聴させていただきました。

2009年06月08日 | ひとりごと・日記
私の通ってた高校は、恐らく当時でも、鼻抓みモノの反体制
バリバリの日教組系の先生が集められてしまった
問題アリアリの高校だった。

この前、久しぶりにプチ同窓会みたいな呑み会で、
「うちらの学校・・・廊下をバイクが走ってたよね?」って話を聞いて、
「あ?!確かに・・・」
そんなことが普通で、あまり不思議にも思ってないくらい、
久しぶりにそんな話を聞いて、思い出して噴出したくらい
通ってた生徒も問題アリアリでしたが、それに輪をかけて
強烈な先生が多かった。

あまり、熱心に学校に通っていた訳ではないが、
高校では中学校の復習程度の勉強しかしてなかったと思うが、
面白かったのは、バリバリの極左教育。(笑)

当然、入学式も卒業式も国旗掲揚はナッシング。
国歌斉唱は先生自ら「立つんじゃない!ジョー!」
・・・完全無視。

「またニュース番組に出てたよね?」

・・・と当時、現役の教員でありながら、
バリバリの反原発の運動家だった社会科の先生は、
授業カリキュラムなんぞ、まったく無視して延々と
ただただ、「原発反対・・・核の恐ろしさ」を、
生徒達に教え込んだりしてた。

そんな左側に偏ったある意味「パンク」な高校3年間を過ごしたので、
好きとか嫌いとか以前に、生まれたばかりの雛のように、
左翼思想は刷り込まれていたのですが、
その後、社会に出てから、左翼に対して当然、右翼って思想が
あることを知ることになるのですが、
多感な時期に受けた極左教育の3年間の呪縛は、
なかなか拭えないのです。

そんなことは、一切・・知らない友人から電話。

「急で悪いけど、チケット一枚余ってるんで一緒に行かない?」
と誘われた講演会は、よりによって「田母神」(笑)↓

田母神 氏の wiki

「はいはい。行きます、行きます。」

・・・二つ返事で講演会へ。

(ここからは、3年間極左教育を受けたという前フリを
加味して読んでいただきたいのですが・・)

率直な感想としては、このお方(田母神 氏)は、
もともと、だいの真面目人間であり、
幼少の頃から、チャンバラや戦争ごっこ大好きで、
戦争英雄の武勇伝が大好きな人なだけ・・・
・・・もともと、ノンポリな人なんじゃないかと思った。

人が良すぎて、周りに囃し立てられ、少し気を良くしてしまい、
担がれてしまってる感じ

講演の内容は、終始・・・自分がクビになった論文を正当化するために
必至で理論武装を後付けしてる感じ。

本当に国を、民を想う軍人ならば、
まず以って、愛するもの守りたいという「志」があって、
そこに付随する「理論」があって、
それを集積または選り分けたりした結果が「持論」になってくのではないかと
思いますが、どうもまず「持論」ありきで、
そこに無理やり「理論」をくっつけ、
最後に「志」がちょこっと付いてる感じ。

「革命を!」とか、「この国を!」とかが「命がけ」じゃないんだよね。

三島由紀夫ではないけれど「ならば切腹・・死んでこの想いを・・」的な、
気概は感じられませんでした。

机上では雄弁でも、戦場では一目散に逃げてくタイプじゃなかろうか?

自分がクビになった・・・単なる・・
怨み辛み・・・言い訳っぽい感じがどうもねぇ~・・・

最近のマスコミや教育が、左に偏ってるから、
あのくらいの「右」な話をして回る人がいないと、
「振り幅」としては必要なんじゃないかとは思います。
(人の良さを利用されちゃってるのは可哀想ですが・・・)

左側のマスコミに対して、ネットの世界では全体的に右寄りなのは、
反動なのか?それとも、民衆の真の姿なのか?

「バランスが大事」的な、ことなかれ主義で
逃げれるとこまで、逃げてきた戦後の日本。
とにかく、良くも悪くもアメリカ依存で逃げ切ってきた日本。

武力を背景に「世界通貨」にしちゃった自国の
「ドル」紙幣だけ印刷し続ければ、
いくらでも世界一のお金持ちを演じられてた強国アメリカが、
経済破綻し始めた現在・・・

戦争だとか、正義だとか・・
右だとか左だとか、もうそんな議論も通用しないくらい
これからは、もっと多方面からいろんな決断を、
早急に要求され続けるのではないかというのは感じますね。

そんなツケを払わされるのは、僕等や僕等の子供達。

「戦争なんか知りません」・・・で済まされるのかな?

この講演を聞いて、一番思ったことは、
もうこんな論文がいちいち問題になってる時代でなく、
とっくに「議論」が必要な時代は終わってる気がします。

これからは、「決断」が必要なんじゃないかと思いました。

「公平」なんてあるわけないとは、思いますが、
今の子供達に自虐的に偏った教育をしてて、本当に大丈夫なのか?
ってのは思います。(中国やアジアの反日教育と同じじゃんね・・・)

判断は個人でしたらいいと思うし、価値観が違うのも当たり前と
思いますが、せめてその判断基準となる「情報」(教育)は、
事実を公平に与える必要はあるんじゃないかとは思う。

随分、固い話になりましたが、延々と1時間強、
ほとんど原稿を見ずに、数字や年代をスラスラとソラで語った
講演を聞いてて、
やはり「(勉強は出来るという意味の)頭は良い人なんだろうなぁ~」
とは思うのですが、人の良さが出すぎて、担がれちゃってる
見世物的な今の人気は・・・少し可哀想に思った。

・・・でも、何事もこういう講演会を聞かせていただくのは、
勉強になりますし、自分で考えるきっかけになるのは有難いです。

お疲れ様でした。