昨夜は、もともと月の出が遅くなったので寝る前にはみられないと思いつつも寝る直前に外をみると、久しぶりに雨模様。これは、明朝も月はみられないかも?と思いながら寝ました。
そして、朝。あれっ、雲がいっぱいのようなのに、月が見えている!
<2024年1月4日6:23>
輪郭がぼんやりしているのは、薄い雲が空いっぱいに広がっていたせいです。でも、この後、呆気なく見えなくなってしまったお月様でした。私に挨拶するために、ちょっとだけ出てきてくれたのでしょうか?
次に見たのは、6時40分前後。この時も見えたり隠れたり。そこで、動画で狙ってみました。
最初は、まったく見えていない時から動画を録り始めましたが、最後は下のようにクッキリと見えるようになりました。その様子を「月が突然現われる!」というタイトルでyoutubeにアップしたので、よかったら、たった27秒で月の突然の登場をあなたも追体験してみてください。
こんな具合に今日も運命的にお月様に会えましたぁ~という話になるかと思いきや、実はこの後 晴れてきて、今年始めてのゴミ収集の陽だったので、ゴミ出しに行きながら空をみたら、月が青空にきれいに見られるようになっていました(笑)。
40分くらい時間が経っていたので、微妙に右に月が傾いたのが分かりますね。
そして、正月に石川県で大地震が、2日には羽田空港で飛行機が炎上する事故があったことはすでに書きましたが、私の話は些細なことですが、正月早々に、歯に詰めた金属がポロリとお餅で取れてしまいました。がっかりしましたが、実は続いて今朝も、月を見ながらとゴミ捨てに行って、ゴミ捨て場で「!?」。
そうなんです、持って行った袋の色が違ったようです。でも、私と同じ色の袋も数個あります。「あれっ、今日は何曜日だっけ?」
正月ボケしていて、自分の頭が眠っているように動きません。思わず、ゴミステーションの横でバス待ちをしている方に、「今日は何曜日でしたっけ」と聞くと「木曜日ですよ」と教えられ、生ゴミを持ってきた自分のミスと気づきました。年末からだったので大袋を2つも持って来たのに、でも、空を見上げると月がちょうど姿をみせていたので、すごすごと家にもどり・・・プラスチックゴミとカメラを持って再度ゴミ捨てに。結果、ゴミはちゃんと捨てられましたが、空を見上げると月が雲に隠れてしまっていました。なんか、今年のスタートは、ついてない。
その後、図書館にリクエストしていた坂本龍一さんの「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」が、遂に受け取れることになり、年末は忙しくていけなかったので勇んで図書館の昼休み前に着かないとぉ・・・と駆け込みで図書館に行くと、本日は1時開館の文字が(!)。中に図書館の人がいて、「すいません、今は返却なら受け取れますが、貸し出しは1時からなんです」とのこと。「残念」。なんか、ついていないぃ~。
さらに、この後も、親戚にちょっと曜日をゴミで確認して木曜日と分かっていたはずなのに、金曜日と勘違いした電話をしてしまい。何だか、去年からの疲れが溜まっているのか、正月はお酒も1滴も飲んでいないのに「ついていない」~と、おかしいことの連発。
今夜は、今日の日付の内には月も地球の反対側にいて助けてくれないので、静かに大人しく寝て、身体を休めないと~と思いました。新聞やテレビによると、日航機と海上保安庁の飛行機事故は、海保の機長の勘違いが原因という線が濃厚になってきましたが、私が飛行機を操縦していても危なかったかもしれません。
でも、そう思って改めて考え直すと、(今日はついていない、痴呆の始まりではないか~)とがっくりしましたが、(ゴミ捨てと図書館に2度行かなくてはいけなかったというだけで、誰の迷惑にもならないミスだったことは、実はすごく幸運だったのではないのか?)と思えてきました。
♪やはり、月が私を守ってくれていたのでしょう。今年も月に守られて生きていきます♪
追伸)1日たって、昨日の記事を読み返したら、最初に間違った生ゴミを持って行った時にはカメラをもっていなかったけれど、空にきれいに月が見えていたという記述がなかったようで、ちょっと書き足らずで分からない文章になっていました。修正しました。
しびれを切らして諦めたらだめな月でしたね。
こちらは夜明け前に晴れそうになって月が見えた後にまた曇って、月が沈む頃にに晴れてきたので、お月見はほんの少しだけでした。
なにか落ち着かない日本、お月さまに見守ってもらいましょう。
いま、自分のきのうの投稿を読み返したら、昨日はやはり何か頭がぼーっとしていたようで、言葉足らずな投稿をしていたようで、今、修正を追加。自分もほんとにしっかりしないとぉ~と思いました。
日本の機能低下にあわせ、私も含め日本の人たちの劣化が止りません。高齢者がのさばり、若い人の教育を劣化させて、未来をつくりだす子ども達も大変な思いをしている日本。若い人達にどう力を発揮してもらえる社会にできるかが鍵のようです。