私的図書館

本好き人の365日

七月の本棚

2003-07-16 23:59:00 | 海外作品
老人は少年に言いました。

「おまえが何か望めば、宇宙のすべてが協力して、それを実現するように助けてくれるよ」

大切なのは、自分の魂の声に耳を傾けること、そして自分を信じること。

梅雨も半ばを過ぎました。夏、到来まであと少し。みなさん、いかがお過ごしですか?
今回はパウロ・コエーリョの

『アルケミスト』

をご紹介します。

この本は56もの言葉に翻訳され、150以上の国で出版された、世界中の多くの人に、今なお読み続けられているベストセラー小説です。

物語は、スペインのアンダルシアに住む羊飼いの少年が、夢の中で、宝物を見つけられると告げられ、その夢を信じて、エジプトのピラミッドまで旅をするというお話し。

その中には、様々な魅力的な言葉が出てきます。

旅。
ジプシー。
セイラムの王様。
キャラバンに予言者の娘の名を持つ少女。

極めつけは題名にもある、あらゆる金属を金に変える秘術を知るアルケミスト、『錬金術師』

主人公の少年は、それこそ、様々な人と出会い、様々な困難に遭遇し、そして様々な経験と知識によって、人が、その運命を実現しようとする時、必ず、それを実現させようとする力が働くことを学びます。

「僕は他の人と同じなんだ。本当に起こっていることではなく、自分が見たいように世の中を見ていたのだ」

あきらめるための言い訳はいくらでもあります。
ある小説家が締め切りに追われ、書きたくもないのに机の前に座っていたとき、一匹のハエが彼の目の前に置いてある、原稿用紙に止まったそうです。彼はそそくさとその場を離れました。

・・・「ハエの邪魔をしちゃあ悪い」

という理由で。

言い訳もウソも、言い続けていると自分でもそれを信じるようになってしまう。

「前兆にきがつくようになるのだよ。そして、それに従って行きなさい」

ひとは自分の望んだものになれる。
自分の心の奥、魂の声に耳を傾ける。
そして、そっと、自分自身に問いかけてみる。「これは本当にわたしの望んだこと?」

望んでもいないことをする時、きっと『前兆』があなたに囁きかけているはず。

気が乗らない。
気が重い。
ちょっとしたミスをしてしまう。
体調が悪くなる。
相手が電話に出ない。
四つ葉のクローバー。
こおろぎにとかげ。
ふいにあらわれる蝶は良い『前兆』のしるし。

こうした『きっかけ』は自分をステップアップさせるための絶好のチャンス。
不幸や羨望、嫉妬なんかは否定的な力に見えるけど、実際は運命をどのように実現すべきかを示してくれている。「アルケミスト」がどんな金属でも金に変えられるように、人はどんな人生、運命でも自分の力で変えられる。「賢者の石」や「不老不死の霊薬」なんてなくったって、自分の心の声に耳を傾けることは誰にでもできる。その人、その人の学び方で。

作者のパウロ・コエーリョは、人間は目に見える現実と目に見えない感情が混ざり合っている。手に触れることのできる現実世界と共に、手で触れることのできない心の中の世界を重ね合わせてこの物語を作り上げた。と言っています。彼の中では、心の中の世界も、また現実なのです。だから、様々な体験をして、様々な感情に翻弄されてこそ、自分の心の中の宝物が輝いてくると信じられる。
本を読むのもそのひとつ。

「何をしていようとも、この地上のすべての人は、世界の歴史の中で中心的な役割を演じている。そして、普通はそれを知らないのだ」

読み返す度に、感じ取れる『何か』がある。
それは、きっと自分が成長しているから・・・

な~んて思わされるくらい、自分に改めて興味がわく、そんな物語。

東から吹く、アフリカの風「レバンタール」に乗って、あなたもピラミッドを目指してみませんか?













パウロ・コエーリョ  著
山川 紘矢+山川 亜希子 = 訳
角川文庫ソフィア 

七月の本棚2

2003-07-16 00:50:00 | 日本人作家
何を面白いかと思うことで、その人が何を大切にしているのかがわかりますね。
「琴線」に触れる。と、言いますが、同じ琴の糸でも、弾き手によって奏でる音色は様々。
風かなんかで、ふと、響いた音が心を振り向かせたり。
思わぬ弾き手につい、心を奪われたり。
この、「ふと」とか「つい」っていう日本語大好きです。

「ふと」振り向き、「つい」引き込まれてしまった小説、今回ご紹介するのはそんな出会いの本、川上弘美の

『神様』

です。

書評やなんかで知ってはいたんですけど、題名から内容が想像できなかった。

同じ階に住むクマに誘われて、散歩に出かける表題作の「神様」池に住むカッパから男女の閨でのことで、相談を持ちかけられる「河童玉」壷をこすると出てくる若い女、コスミスミコとの奇妙な盛り上がりを描いた「クリスマス」内容もさることながら、文章がとっても丁寧。普通ならとても納得できそうもない設定を、登場人物達が受け流すところも違和感がない。
解説を読んで、その感じが、夢を見ている時と同じなのを知りました。ほら、夢の中だと、自分が追いかけていたのに、いつの間にか追われる側になっていたり。車に乗っていたはずなのに、いつの間にか歩きに変わっちゃってたり。それでも話しはどんどん進んじゃうってことがありますよね。この小説は、作者の見ている夢の世界が、どんどん進んでいく。

ひとつひとつの言葉、特にセリフの部分が丁寧に選ばれていて、特異な登場人物(その他も含む)を通して、作者の大切にしているものが、読者の、そして私の琴線に触れていく。
二人の音色はそれぞれに近づいたり離れたりしながら、登場人物達に重ねられて、その言葉の中に帰結していく。

物語の中で、―私達はしばらく、黙って歩いた。という描写が何回も使われているとこなんかもイイ感じ。

物語が中断されて、一瞬、寂しいような気もするんだけれど、きっと登場人物(例外も含む)達にも一人で考えたいことがあるんだろうな、と、まるで本当に隣で歩きながら、友達の心配をしているような気になってしまう。

どうやって励まそう。
次になんて言おう・・・

会話の途中のそんな間ってありませんか?

そんな時の自分の経験がよみがえってくる。

他人の見た夢の話は大好きです。
それが、突拍子のないものならなおさら。
しかも、素敵な文章と面白い内容なんだから、もうラッキーとしかいいようがない。

読みやすくて、心にしみる九つの物語。
可笑しくもあり、ほろ苦くもある。
雨上がりの匂いのする、そんな物語です。









川上 弘美  著
中央公論新社