◎海軍新兵「分隊士も上州でいらっしゃいますか」
『戦線銃後 笑の慰問隊』という冊子(『講談倶楽部』一九三九年新年号付録)から、東秀蝶・林幹夫の「水兵漫才(学科の巻)」を紹介している。本日は、その二回目。
「兵」とあるのは、海軍兵曹長に扮した東秀蝶、「新」とあるのは、海軍新兵に扮した林幹夫である。
兵『オイオイ、お前の田舎は何所【どこ】だ』
新『越後です』
兵『新潟県だな――をかしいぢやないか、新潟県の者は呉【くれ】に行くのだが、どうして此所【ここ】へ来たか』
新『どなたもさう仰しやいますのです。分隊士の御不審も御尤もでございますが、ちよいと他人様【ひとさま】に申上げ兼【かね】る深い事情がございまして』
兵『うむ……』
新『私は生れは越後でございますが、籍が上州にあるのです、群馬県ですね、その群馬県 で検査を受けたので、こちらへお邪魔したやうな訳で』
兵『お邪魔といふ奴があるか』
新『ハイ、けれど来た以上は、どうか御面倒をお願ひ申します』
兵『それでは生れは新潟県で、籍が群馬県にある』
新『さうです』
中『それだけのことぢやないか、別に深い事情も何もない、さういう兵隊もあるな、親のずぼらか、家庭の事情か知らんが、何十年以来籍が入つてをらんといふことがある、さうかお前は上州か』
新『さうです』
兵『上州は良いところだ、昔からえらい人がたくさん出た』
新『さうです、女房天下【かゝあでんか】にからツ風、えらい侠客が出ました』
兵『さうだな、乃公【おれ】も上州だ』
新『アレツ、お前さまも……』
兵『お前さま……』
新『もといツ――分隊士も上州でいらつしやいますか、つい田舎の言葉が出まして、甚だお耳障りで、何とも申訳のないことでござんす』
兵『ござんす……オイ兵隊がござんすといふことがあるか』
新『分隊士はどこだい』
兵『どこだいといふことがかあるか』
新『もといツ――、どちらでいらつしやいますか』
兵『乃公は片田舎の山の中だ』
新『へえ、穴の中、それではもぐらもち』
兵『さうぢやない』
新『おけらに、みゝず……穴の中』
兵『穴の中ぢやない、山の中……』
新『あつ、それでは吾妻【あがつま】郡ですか』
兵『当てるな、乃公は中之条【なかのでう】という町だ』【以下、次回】