◎訊問に先だち、一言申し上げておきたい(真崎大将)
原秀男『二・二六事件軍法会議』(文藝春秋、1995)の「六 裁かれる陸軍大将」の章から、「無罪となった真崎大将」を紹介している。本日は、その三回目(最後)。
小川〔関治郎〕法務官が「裁判長の命により自分が尋問をする」と言うや否や、これをさえぎって真崎大将は、
「私は、訊問を受くるに先だちまして、一言申し上げておきたいと存じます……」
と発言許可を求めた。これはまったく異例なことである。真崎大将の発言は、次のようなものであった。
「私は、これ迄、検察官及び予審官の御取調に対しては、事のありの侭に、又私の感じた侭を、極めて率直に申し上げて置いてあります。しかし腹の立った事もあり、不都合な云い現し方、こう申し上げた方が判り易かったと思うことがあります。私は実は公判廷では何も申し上げまいと思いましたが、天皇の御名に於て行う神聖な法廷ですから、真相を究めるために、どんな御尋問に対しても、お答申し上げ、閣下方に訴えたいと思います」
続いて、小川法務官から、
「只今、検察官が述べられた公訴事実に意見があるか」
と尋ねられると、
「意見があります。香田清貞を招きどうしたとか、教育総監更迭に最後まで同意しなかったと述べたとか、昭和維新を何したとか、述べられましたが、実に驚き入った次第であります。磯部〔浅一〕の問題も違っており、漸く〔だんだんと〕挙げて承りますと、御読み聞け〔聞かせ〕の事柄は、全部も全部まるっきり事実と相違しております。何所で御聞きになり、何うして御調べになったか知りませんが、何うも殊更このような理屈を付けられた感じがいたし、作り事をした様な気がいたします。いずれ御尋問に従いまして、如々〔徐々〕申し上げて参ります」
と述べて、全面的に否認している。
続いて審理が開始される。先に述べたように、戦前の刑事裁判では裁判官は捜査や予審における調書を読んでおき、これに基づいて質問、被告の反論・弁解を聞くという形で行われる。戦後に改正された刑事訴訟法による裁判のように、検察官の冒頭陳述と証人の尋問、それに対する弁護側の反対尋問という順序をとらない。真崎大将の公判の場合も、まずさまざまな関係者の陳述、証言要旨を告げたり、調書を読み聞かせたりして、これに対する言い分を聞くという順序で行われた。
当然ながら、読み聞けされる調書の中には蹶起将校らのものが多くある。真崎大将の登場を期待し、実力行動に出た彼らが真崎大将についてどんなことを語り、これに対して真崎大将は何を語ったのか、公判調書と記録にそって見ていきたい。
「六 裁かれる陸軍大将」の章は、この節のあとに、〝「磯部は嘘を言っております」〟の節、および「お前たちの精神はよくわかっておる」の節があるが、割愛する。
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