◎乃木将軍は米一粒を落としても拾って食べた
昨日の続きである。清水文弥『郷土史話』(邦光堂、一九二七)の「民俗」の「三、村の遊戯と娯楽」の中の「二、寺小屋教育の話」を紹介している。本日は、その二回目。
明らかな誤植は、訂正しておいた。「櫃」には、「しつ」というルビが振られていた。火鉢を「しばち」という類いである。そのままでもよかったのだが、一応、訂正しておいた。附木(付木)は、スギやヒノキの薄片の一端に硫黄を塗りつけたもののことである(広辞苑)。
吾々時代の寺小屋教育を受けた者には、御飯を粗末に喰べるものもなければ、一粒なりとも無駄にするものは無い。
乃木〔稀典〕将軍と私が地方をあるいて或る宿屋に泊まつた時の話である。二人が夕食を済ますと、其の膳部〔食膳〕はやがて階下に下げられた。すると勝手で二階のお客様は、食器をなめられたといふ声がする。これを耳にせられて乃木将軍は、幼少の時、寺小屋の師匠と自分の親から米一粒でもこぼしてはならぬ、汁なども綺麗に喰べるやうに仕込まれたものだといはれた。
将軍は例へ一粒の御飯がこぼれても必らずそれを拾つて喰べられた。そして一粒でも、粒々〈リュウリュウ〉皆辛苦の余〈アマリ〉に出来たものであると云はれた。
こうして御飯の喰べ方は、実に寺小屋教育の第一条項であつたのである。
今日七十以上のお婆さんで、女学校卒業の孫嫁などに御飯のお櫃〈オヒツ〉を洗はせぬ人がある。そんな人は正しく、昔の寺小屋教育を受けた人に相違ない。
寺小屋には夜学もあつた。厳寒の時など寒さを忍んで通つても師匠はなかなか直接には教へてくれぬ。大抵の場合門下生の出来る者が師匠の代理をつとめたものであつた。
恁うして〈コウシテ〉師匠は直接学問については教へなかつたが、隅々〈タマタマ〉生徒が帰ろうとして、土間で下駄などをさがしてゐると英時師匠は立ち上がつて、附木〈ツケギ〉をとぼしてそれを見付けてやる。そして、師匠は総て〈スベテ〉の生徒を顧へりみて、この一事を記憶して居れと云ふ、其附木を吹き消し又元の所に其燃え残りををさめる〔収める〕。この一事といふのは一本の附木でも倹約して大事に使用せよと云ふ事である。【以下、次回】
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