風吹く豆腐屋

内容はいろいろ。不定期更新中。

The umbrella of the gardener's aunt is…

2010-05-21 15:22:34 | Weblog
彼の絵を見れば、彼の風変わりな性格を理解する糸口が得られるだろうと思っていたのだが、これは誤りだった。
絵を見たことで、彼に対する驚嘆の気持ちは増すばかりだった。
ますます困惑は深まるばかりだった。
はっきりしていると思われたのは
 ― いや、もしかするとそれさえ僕の空想かもしれないが ― 
彼が自分を虜にしている何らかの力から自由になろうと必死でもがいているということだった。
しかし、それがいかなる力であり、自由への道がどこに存在するかは不明だった。
人間はこの世でそれぞれ孤独である。
人間は鉄の塔の中に閉じ込められていて、他の人間とは符号によってしか交流できない。
ところが、符号は人間同士共通の意味を伝えないので、その意味はあいまいで不確かである。
人は心の中の大切なものを他者に伝えようと苦闘するが、他人は受け取るだけの力を持たない。
だから、人は他者を知ることも、他者に知られることもできずに、
並んでいても一緒にではなく、孤独に歩むのだ。
喩えて言えば、言葉の通じない外国に来て、せっかく美しいことや意味ぶかいことをたくさんいえるのに、
会話教本にあるような陳腐なことだけしかいえないのと同じである。
頭には高邁な考えがいっぱいあるのに、言えるのは「庭師の伯母の雨傘は家にあります」くらいなのだ。

                              モーム「月と六ペンス」(岩波文庫)より


示唆に富んだとても面白い小説でした。
代表作とされている「人間の絆」も読んでみようかという気になりました。