飯田市のS保健師さんから講演依頼が飛び込んできました。
「・・・飯田市のいきいき教室発祥の地としての松尾の高齢者が10数年たって今尚頑張っていることができているのは・・・高槻先生方の最初の講演会がよかったからだと考えます。13年を評価して、地域で支えたいきいき教室やふれあい教室そして家族の中にも痴呆予防としての考えが浸透した経過をふまえて、再度地域で高齢者を支えていってもらうためにボケ予防の講演会を御願いできればと考えます・・・」
飯田市がボケ予防活動にをスタートさせたのは確かに10年以上も前でした。まだまだ「ボケは防げない」という考え方が世の中を席巻していましたが、住民をどうしてもボケさせたくないという思いを持ったT保健師さんとS保健師さんが、まず松尾地区で「いきいき教室」を立ち上げたのです。
エイジングライフ研究所がサポートし始めたもっとも初期の教室のひとつです。
各地区での講演会で、ボケ予防の話をした後で「いきいき教室」参加生を募ると、予想外の大勢の参加申し込みにあわてながら、住民のニーズをひしひしと感じ、この事業の大切さを改めて思いました。
教室のカリキュラムを考えるとき「人形劇のまち飯田なのだから、活動に人形劇を入れたら?」とか「地域の人材発掘が大切」とか保健師さんたちと盛り上がったものです。
そのとき、T保健師さんが「目標は飯田市内に100ヶ所の教室」と言われ、ちょっとびっくりしたのが昨日のことのようです。
そういう経緯があるものですから、懐かしい方々にお会いできることが、何よりの楽しみで喜んで伺いました。
当日は南信には珍しく大雪。
(九州育ちですから、雪はうれしいのです。寒いところの方にはにらまれそうですが)
入り口で出会った、この雪の中講演を聴きにこられたお二人。
左の方は91歳。右の方は88歳。お二人の手提げを見てください。どちらも手作り。
「いきいきに行って、それからみんなでこういうものも作って、結構忙しくしてるんです」とお二人ともニコニコしながら話してくださいました。
講演の後、保健師さんや親しい皆さんと懇談会。何度もお会いしたS沢さんT沢さん。お二人ともご主人を亡くされていたのには声もありませんでした。最後の様子を伺いながら、お二人とも、とても納得していらっしゃる様子が伺え「脳は元気で、体が持たずに亡くなる」ことは残された人を安心させることだと、改めて思い知りました。
お二人とも「いきいき教室はよかった」とおっしゃっていました。
教室は飯田市全体では100ヶ所を超え、松尾地区だけでも10数ヶ所。
ただし教室には、企画運営まで住民サイドで行えるところから、高齢化も進みやや手がかかる人がいるところまでいろいろ特徴があるそうです。
(翌日は、上郷地区の講演会でした。南アルプスー天竜川ー下の集落ー雑木林ー中の集落(ここに公民館がありました)-中央高速ー上の集落と言う風に標高が高くなっていきます。すばらしい景色でした!
世話役の方が中心だったせいもあるでしょうが、かくしゃく老人の生き方を解説したときに皆さんご自分のことと言うような反応をされたのがとても印象的でした。
地域主体のボケ予防教室を始めてくださいね。皆さんならやれます)
S保健師さんは、脳機能検査がなかなか実施されない現状を残念がっていました。絶対的な仕事量が多いこともあるでしょうし、検査の意味が徹底されないこともありそうです。当初の思いを10年以上にわたって受け継いでいくことそのものだって難しいでしょうね。
そうそう、T保健師さんは定年退職されていました。もちろん現在でも教室の強力なスタッフであることは間違いないのですが。
「大変な雪の中の講演でしたが、その分反響もすばらしくあり、松尾もそれなりに、いろんな方から良かった、いい講演会だったと御意見をいただきました。・・・松尾のいきいき参加者で、アッというまにあちらに行ったかたが何人もいてやはり、それでいいんだと皆で改めて納得した感があります。やはり10年は無駄ではなかったと・・・」講演後にいただいたS保健師さんのメールです。そのとおりです!
高齢者に対する施策はどうあらねばならないか、どこが課題か、どういう状況が必要か、私はS保健師さんとお話しするたびに現場の保健師さんはここまで考えているのかと感心してしまいます。
飯田市には、ぜひこのような保健師さんの実践を通した提言を生かしてほしいと願っています。
川本喜八郎人形美術館ができていました。すばらしい。一見の価値ありです。
川本喜八郎が、飯田で上演された人形劇の感想に「人形が生きている」と言う表現を見つけたこと、さかのぼれば、江戸時代から続く黒田人形の記録にも同様の表現があり、その飯田の持つ感性に感動して、人形の寄贈を決めたと説明を受けました。
感性!ボケ予防の基本的な条件は整っていると言うことです。