10日ほど前の新聞記事にはびっくりさせられました。
「若年性認知症は18~64歳に発症した認知性疾患(脳血管性認知症、アルツハイマー病、頭部外傷後遺症など)の総称。厚生労働省の推計(2009年)で全国に約3万8千人いる。~」(日経新聞2016.2.23)
情報は原本にあたらなければと思い、厚労省のHPに入って見ました。
2009年の報道発表資料の中に、全くその通りの記述がありました。
原因疾患として、高齢者の認知症の原因と同じものが並んでいます。頭部外傷後遺症までも入っています。その他が17%も!
つまり、「若年性」と分類するときの基準は「年齢」だけなのですね!
テレビをはじめとするマスコミが、私たちの分類でいえば「認知症」でもない人たちを「若年性アルツハイマー型認知症」とか「若年性認知症」とかの病名で紹介して、またその番組が高視聴率を上げていることに大きな疑問や、ほとんど怒りまでも感じていたのですが、納得できました。
認知症の定義がこんなになってしまっていたとは…全く自分の不勉強を反省するばかりです。
一般的に言えば「年齢が若いから若年性ということ」は至極当然のことのように思われることでしょう。
でも、この分類法にははっきりと異議を唱えたいと思います。
まず「認知症」というものの定義をはっきりさせなくてはいけません。
「いったん完成された脳機能が、何らかの理由で全般的に障害され、社会生活や家庭生活に支障をきたした状態」という文言が一番よく使われているものだと思います。
世界保健機構のICD-10、アメリカ精神医学会のDSM-Ⅲ-RやⅣ-TRはともに記憶障害を必須としながら、前者は「日常生活動作の障害」を、後者は「社会的又は職業的機能の著しい障害」を必要条件としているなど差異が見られます。
今回調べてもう一つ大切なことがわかりました。
それは「記憶障害のみを呈する例や記銘力や他の認知機能低下を呈している例であっても社会生活や日常生活に支障がない症例は認知症と診断しない」と書かれてあったことです。(2010年日本神経学会の認知症の定義を参考にしました)
結局、どういう状態なら認知症と言っていいか判然としませんね。
特に後段の「記憶障害のみを~」に関しては、記憶障害があれば日常生活にも社会生活にも支障があるに違いないでしょう。どの程度の障害かが説明されていません。
このブログで何度も指摘してきましたが、前頭葉機能が正常に働きながら、記憶障害(新しい記憶が入っていかない)を持つ人たちがいます。
カテゴリー「側頭葉性健忘」に何例も紹介してきました。脳機能への言及がないので断言はできませんが、この方々のことを想定しているのではないかと思われます。
テレビに出てくる「若年性認知症」の方々の、表情の豊かなこと、正しく自己主張ができること、何よりも状況判断がいいことは、前頭葉機能が正常に機能している証拠なのです。
しかし、この方々には確かに「記憶障害がある」。だから短絡的に「認知症」とくくられてしまっています。
もちろん、家庭生活にも社会生活にも支障はあるに違いありませんが、高齢者に見られる「ふつうの」アルツハイマー型認知症とは全く異なる生活実態が簡単に想像できますね。
遺伝子異常による、若年発症、進行がとても速く、改善の手立てがない狭義の「アルツハイマー病(アルツハイマー博士が初めて症例報告したタイプ)」を「若年性認知症」と分類すべきだと思います。
これも定義にかかわることですが、認知症は当初「脳機能全般の機能低下」がその要件でした。
DSM-Ⅳは記憶障害のほかに「失語」「失行」「失認」又は「実行機能」の障害のうち一つがその要件となりました。前者三つと「実行機能」とでは機能レベルに雲泥の差があります。
「実行機能」は前頭葉の働きですから、そこに注目したら早期発見もできるし、側頭葉性健忘の方を「認知症」と言い間違えることもなくなるのです。
私は脳外科で脳に損傷を受けた方の脳機能を沢山測定してきました。そしてもう一つ、継続的に見た方も多くいます。トータルでは3000例はくだらないでしょう。
脳の損傷は、脳卒中でも起きるし怪我でも起きます。
損傷を受けたところが回復しなければ(多くは回復しません)それは「後遺症」という状態を引き起こします。手足のマヒがもっとも理解しやすい状態でしょう。
損傷の場所により、様々な後遺症があります。
左脳損傷のために、右半身マヒを起こし失語症になっても、なおその人らしく生活をし続けた方々がいます。
ごく軽くすみ、社会復帰までも可能かと思ったのに、実にチャランポラン。そのくせ厳しい言葉がところかまわず飛び出して、家族からも見放されてしまうタイプの右脳障害の方もいました。そのことそのものが「後遺症」だと告げるのは覚悟のいることでした。
脳卒中を起こしても、その後の生活ぶり如何で、ボケていく人もいますし、後遺症を抱えながらもイキイキを生きていく方もいました。
そしてそのカギは「前頭葉」がどのように機能して、どのようにその生活を組み立てていくかにかかっていることがわかりました。
つまり、脳卒中の既往があるから「脳血管性認知症」ということそのものにも、私は異議があります。
その大切な「前頭葉機能」も、脳損傷の方から教えていただきました。
血行再建後、WAIS(知能検査)でのIQが130くらいもあるのに管理職が務まらないと再受診された方。
事故で前頭葉がつぶされた人が、IQには何の問題がなくとも状況判断が全くできなくなり一人で社会生活はできなくなった例。
くも膜下出血の方で、手足のマヒも失語も失行も何の後遺症もないと喜んだのもつかの間、全く何もしないと会社から解雇宣告を受けた人
こういう方たちから一般的に言われるIQとは独立した「前頭葉機能」に気づかされました。
高齢者が、何かのきっかけからイキイキとした生活を失ってナイナイ尽くしの生活に入ると前頭葉機能の老化が加速されていくのです。それが認知症の始まり。
このように脳機能から認知症を理解することが、世の中に広まってくれることを願っています。
2011年1月に「認知症の病名」 と「認知症の病名(続)」としてこのブログに、現在一般的に使われてる認知症の病名に対する疑問を書いてあります。
「若年性アルツハイマー型認知症?」では、まさに若年性認知症と診断するときの問題点を書きました。
この時の講師S野さんに、思いがけないところでお会いしました。ときどきテレビや本の中で紹介されることは承知していましたが、新幹線車中のポスターです。約5年ぶりにじっくり拝見しましたよ。
S野さんも奥さまもちっとも老けていらっしゃらない。S野さんも奥さまも、むしろ若々しくなったような気もしました。
講演やマスコミ出演など、まさに、記憶障害はあってもイキイキとした生活を続けていらっしゃるからでしょう!手足のマヒがあれば必ずボケるわけではないし、失語があればボケるわけでもありません。
記憶障害だって同じことです。
障害を持てば、当然困難は伴います。けれども負けずにイキイキとした生活を使い続けることで、前頭葉をはじめとする脳機能の老化のスピードを速めないでいられるのです。つまり、「記憶障害があっても認知症にはならない。」
S野さん。そのことを見せてくださってありがとうございます。