脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

年忘れ横浜散策

2023年12月12日 | 私の右脳ライフ
国立新美術館で、親しい人の作品展示があるという情報が入ったので即上京を決め、横浜に住んでいる大学時代の友人にこの話をしたら「じゃあ、私も」とすぐこの話に乗ってくれました。年齢の割にノリがいい私たちです。

久しぶりの国立新美術館。私はだいたいいつも展覧会は一人で見るのですが、気の合う友達と一緒に回る展覧会もいいものです。小さな声で感想など言いながら会場を回り、とても満足できた一時でした。
水引細工。

日本刺繍。

ビスクドール。

伊勢型紙。

翌日は「横浜で遊びましょう!」ということになったので、新しくできたヒルトン横浜に泊まることになりました。アンパンマンミュージアムを抜けてその先、Kアリーナの手前にありました。
私は孫が大きいのでアンパンマンミュージアムへは行かずじまい、彼女は数年前にお孫さんと一緒に行ったとか。ちょっとしたことで人生の体験は変わってくるものですね。


横浜についたときにはもう黄昏。伊豆に住んでいる私がついつい都会の夜景に声をあげてしまうのを友人がきっとほほえましく思ってくれたと思うことにします。

チェックインして「このビール飲んでみたかったの」という友人に誘われてIPA oneを二人で飲みました。「今、地ビールが流行ってるでしょう?これはその中でも好評なのよ」
IPAを検索してみましたとも。India Pale Ale。インディアといってもインド発祥ではなく、18世紀イギリスからインドにビールを持っていくにあたって、ポップを大量に使ってアルコール度数を高めたビールを作り出したことが始まりとのことです。伊豆にもいくつかの地ビールがありますし、全国的にも私でも知っている地ビールもあります。この横浜産のIPA oneは、フルーティさが際立っているビールでした。

みなとみらいの朝景色もまた都会的なものでした。



Kアリーナ前には早朝から、イベントスタッフの人たちの姿が見え、後で聞いてみたら「ゲームのイベント」とか。
私たちの計画は「三渓園に出かけて名残のもみじをみましょう」ということだけ決まっていましたが、いろいろネットで検索してみると、宮川香山 眞葛ミュージアムがホテル横を流れる帷子川の対岸にあることがわかり、さっそく予定変更。ホテルからはみなとみらい大橋を渡って行くのが一番いい方法で、10分程度で到着しそうです。

みなとみらい大橋の右の丸い建物がKアリーナ。高いビルがヒルトン横浜です。
ふつうのビルの一階に突然出現。

内容は圧倒されました。宮川香山は、開国したばかり、1871年明治4年に京都眞葛が原から輸出向けの陶磁器を作るために横浜へ移り眞葛窯を築窯。1876年明治4年のフィラデルフィア万国博覧会に出品された作品は絶賛されたといいます。説明を読みながらこれほどの芸術品を作る技術があるということを諸外国に知らしめた爽快さが迫ってきました。外国では日本を代表するとか国宝級だとか高い評価を受け、作品のほとんどが外国へ行ってしまったために国内ではあまり知られていないという説明がありました。この技術レベルに到達するまでの努力はいかほどのものだったでしょう。









友人は明治期の女子教育が専門分野なので、当時の社会情勢などの解説付きで作品鑑賞ができました。
宮川香山 眞葛ミュージアムの最寄駅は横浜駅。そごうデパートを抜けていくのですがそごうの大きさに感嘆しながら、進むとYCAT発見。国内出張が多かった時に何度もここまで来たものです。ただし方向は今日と逆で横浜駅からYCATに向かいます。その時にはこの先そごうがこんなにも広いことも、さらにその先には宮川香山 眞葛ミュージアムがあることも全く知りませんでした。
人生はその時々の状況で、興味の対象が変わっていくものですね。というよりも興味や好奇心を持っていれば、その時々に可能な世界が繰り広げられるといった方が正確でしょう。興味や好奇心は元気のある前頭葉が働く結果です。前頭葉は大切です!
JRで根岸駅へ。そこからバス。バス停からは少し歩きますが、気持ちの良い小春日和の天気に助けられてあっという間に三渓園正門。

横浜在住とそれ以外の人は入場料金も違いますが、なんと入場券も違う。
園内に入ると、抜けるような青空、緑と錦が入り混じった景色、水面にはいろいろな鳥たちが。ほどほどの人出も行楽気分をあげてくれます。
花嫁姿の人が目立ち、最近は結婚写真の前撮りをこういうオープンエアーのセンスにあったところで撮るみたいですね。私たちにはとてもいい点景になってくれました。


三渓園を作ったのは原三渓。原三渓は実業家であり茶人。くらいしか知らずに、園内にあった三渓園資料館に立ち寄ってみました。



原三渓の出生から始まる人となりや、事業内容は富岡製糸場を中心とした製糸業、またその関連の輸出業で財を成し、その後美術品の収集、茶道に造詣を深めたという成功物語を読みながら歩を進めていくと、関東大震災に遭遇したと!
横浜復興のために政府の援助も取り付け、もちろん私財を投じて、予想を超える速さで横浜復興、生糸の輸出再開を実現させたくだりからは、最近言われる「利他主義」と共通する精神を感じることができました。
よりよい社会をつくるということは、特に上に立つ指導者には必須の精神だと思いました。







それから、私たちは「三渓園に行ったら、お団子を食べるのよ」という三崎在住、年に何度も三渓園に行くという知人のおすすめに従って、お団子を食べました。



美術を堪能し、日本庭園の秋を満喫し、舌まで満足させた私たちは「思いがけない年忘れイベントになったこと」と満ち足りた二日間に感謝したのでした。
by 高槻絹子


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