なかなか折り合いがつかず、参拝する事が叶わなかった養源院へ。20230514135742
浅井長政公 菩提寺 養源院
養源院
豊臣秀吉の側室 淀殿が父 浅井長政の追善の為、長政の二十一回忌に建立される開山は長政の従弟で比叡山の高僧であった成伯法印、長政の院号を以って寺号としたのは文禄三年五月(1594年)である
養源院の寺院名は浅井長政公の戒名そのものである その後程なくして火災にあい焼失するも、元和七年(1621年)に淀殿の妹で二代将軍徳川秀忠公正室、お江により伏見城の遺構を用いて再建される 以来、徳川家の菩提所となり歴代将軍の位牌をまつる寺院となる 現在の本堂(客殿)は再建時のものとなる
平成二十八年二月に本堂(客殿)、護摩堂、中門、鐘楼堂等が国の重要文化財に指定された
*護摩堂、中門は通常非公開
*本堂(客殿)の廊下は総て“ うぐいす張り ”となる (HPから引用)
浅井家、織田家、豊臣家、徳川家、そして天皇家と数奇な運目を紡いだ歴史。
1 三十三間堂を右に見て左側の養源院に向かいます。
秋の紅葉の頃も見ごたえのある参道です。
京都では地面に敷き詰められた如くに苔は良くみかけます。こちらは参道脇に立つ木々の幹にうっとりする程の美しい苔が自生しています。本来立木は良くないかもしれませんが。苔と共に歩み成長する楓です。
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