勿論、書きかけです。
エル・ジェム円形闘技場の写真が整理できましたので、取り急ぎ。
チュニジアのエル・ジェムに在る世界遺産のエル・ジェム円形闘技場です。
添乗員さんと現地ガイドさんに説明を受けましたが、不正確な面がありますのでTHE WORLD HERITAGE 世界遺産 vol 32 チュニジアから引用させて頂きました。
「エル・ジェム」とは、チュニジア共和国・マーディアにある町の名前です。このエル・ジェムには、1979年に世界遺産に登録された『エル・ジェムの円形闘技場』の遺跡が残されています。
世界遺産『エル・ジェムの円形闘技場』は、3世紀頃にローマのコロッセオに匹敵する規模のものを造ることで、当時ローマ帝国の属州でありながらも権力を誇示する為に造られたと言われています。
その規模は巨大で、周囲は400m、アリーナ(中央)の舞台の直径は65mもあり、観客動員数は3万5千人も入場できます。この大きさは、ローマ・コロッセオ、イタリア・ヴェローナのものに次ぐ世界で三番目に大きな巨大円形闘技場(アンフィテアトルム)なのです。チュニジア国内では合計25か所に円形闘技場が造られましたが、国内で一番規模が大きいという点からも、エル・ジェムの権力の大きさがわかります。
今ではエル・ジェムの周辺は砂漠化してしまいましたが、この『エル・ジェムの円形闘技場』が造られた頃には、周辺はオリーブの木が生い茂っていたと言います。この地帯ではオリーブオイルの生産が盛んで、オリーブオイルの売買によりエル・ジェムの富は豊かであったといいます。ローマの穀倉地帯と言われていた北アフリカの中でも特に潤っていた程だと言われており、この収益で巨大な円形闘技場が造られました。
『エル・ジェムの円形闘技場』の特徴は、地下通路が最初の設計の時点で考えられ造られているというところです。この地下通路には、剣闘士や猛獣、死刑囚や奴隷が入る部屋がそれぞれ設けられており、出番までこの部屋で待っていました。そして、剣闘士・奴隷・囚人・猛獣たちをそれぞれ戦わせたり、戦車レースなどを行っていたといわれています。地下から猛獣たちが飛び出す様子は迫力があり、観客たちを沸かせていた仕掛けだったようです。
現在の『エル・ジェムの円形闘技場』は、約三分の一が破壊されていますが、保存状態はかなり優れています。かけた部分は戦闘の他に、17世紀頃から円形闘技場の石材をケルアンのグランモスク建造に使った為ともいわれています。
世界遺産『エル・ジェムの円形闘技場』には、昔の娯楽施設であり恐怖の場所でもあります。しかし、この設計・構造などは評価に値するものであり、建造物としてとても貴重なものでもあります。アフリカにありながら今もなお色濃くローマの文化を受け継いでいる場所だといえます。
以上が引用です。
ユネスコの世界遺産のマークは撮影しそこないましたが看板を一枚。
01
バスを降りた眼前にこの凄い圧巻です。
圧倒されてしまいます。
02
人のいる所が入り口でその左側数メートルの所が出口です。
03
石の遺跡の遺構の偉大さを感じます。
04
階段を上り闘技場のグランド面に入って行きます。
05
06
07
内側です。
08
09
力を分散するアーチの建築技術に感嘆です。
10
何かイベントが開催されるようで、舞台の設営が行われていました。
夜にコンサートやオペラなど観てみた物です。
11
グランド面から地下に排水でもするところなのでしょうか。
12
現在の構造物ですが、地下に明かりが届きます。
13
猛獣や剣闘士同士でも生き残りを掛けてのイベントとは言えない強烈な殺戮です。
14
満天の星空の下(もと)で芸術を鑑賞したいです。
15
16
17
先ほどの鉄のすのこを地下から見上げています。
18
剣闘士や猛獣が待機していたのでしょか。
現代に生きている事に感謝です。
19
20
21
22
地上の上がってきました。
23
観覧席に上がります。
24
後ろを振り返り、円形闘技場を観ています。
25
剣闘士などを見ている観衆から歓声が上がっているのでしょうか。
26
道ての鉄の手すりや左の照明などは古代には無いのは勿論です。
27
28
私達のグループ以外の観光客も少しだけいましたが、この少なさです。
ローマでは事前にネットから申込みしていないと入れない長蛇です。
29
円形競技場から外の街が直ぐに近くには民家が並んでいます。
30
31
32
下の入り口に入ってくる人が見えます。
出口手前でお茶をしてから出ました。
33
外から見ても荘厳とは少し違いますが時代の重みを感じます。
これ程の保存状態を見るだけでもチュニジアに来た意味がありました。
34
バスを待つ間にお店がありました。
35
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エル・ジェム円形闘技場の写真が整理できましたので、取り急ぎ。
チュニジアのエル・ジェムに在る世界遺産のエル・ジェム円形闘技場です。
添乗員さんと現地ガイドさんに説明を受けましたが、不正確な面がありますのでTHE WORLD HERITAGE 世界遺産 vol 32 チュニジアから引用させて頂きました。
「エル・ジェム」とは、チュニジア共和国・マーディアにある町の名前です。このエル・ジェムには、1979年に世界遺産に登録された『エル・ジェムの円形闘技場』の遺跡が残されています。
世界遺産『エル・ジェムの円形闘技場』は、3世紀頃にローマのコロッセオに匹敵する規模のものを造ることで、当時ローマ帝国の属州でありながらも権力を誇示する為に造られたと言われています。
その規模は巨大で、周囲は400m、アリーナ(中央)の舞台の直径は65mもあり、観客動員数は3万5千人も入場できます。この大きさは、ローマ・コロッセオ、イタリア・ヴェローナのものに次ぐ世界で三番目に大きな巨大円形闘技場(アンフィテアトルム)なのです。チュニジア国内では合計25か所に円形闘技場が造られましたが、国内で一番規模が大きいという点からも、エル・ジェムの権力の大きさがわかります。
今ではエル・ジェムの周辺は砂漠化してしまいましたが、この『エル・ジェムの円形闘技場』が造られた頃には、周辺はオリーブの木が生い茂っていたと言います。この地帯ではオリーブオイルの生産が盛んで、オリーブオイルの売買によりエル・ジェムの富は豊かであったといいます。ローマの穀倉地帯と言われていた北アフリカの中でも特に潤っていた程だと言われており、この収益で巨大な円形闘技場が造られました。
『エル・ジェムの円形闘技場』の特徴は、地下通路が最初の設計の時点で考えられ造られているというところです。この地下通路には、剣闘士や猛獣、死刑囚や奴隷が入る部屋がそれぞれ設けられており、出番までこの部屋で待っていました。そして、剣闘士・奴隷・囚人・猛獣たちをそれぞれ戦わせたり、戦車レースなどを行っていたといわれています。地下から猛獣たちが飛び出す様子は迫力があり、観客たちを沸かせていた仕掛けだったようです。
現在の『エル・ジェムの円形闘技場』は、約三分の一が破壊されていますが、保存状態はかなり優れています。かけた部分は戦闘の他に、17世紀頃から円形闘技場の石材をケルアンのグランモスク建造に使った為ともいわれています。
世界遺産『エル・ジェムの円形闘技場』には、昔の娯楽施設であり恐怖の場所でもあります。しかし、この設計・構造などは評価に値するものであり、建造物としてとても貴重なものでもあります。アフリカにありながら今もなお色濃くローマの文化を受け継いでいる場所だといえます。
以上が引用です。
ユネスコの世界遺産のマークは撮影しそこないましたが看板を一枚。
01
バスを降りた眼前にこの凄い圧巻です。
圧倒されてしまいます。
02
人のいる所が入り口でその左側数メートルの所が出口です。
03
石の遺跡の遺構の偉大さを感じます。
04
階段を上り闘技場のグランド面に入って行きます。
05
06
07
内側です。
08
09
力を分散するアーチの建築技術に感嘆です。
10
何かイベントが開催されるようで、舞台の設営が行われていました。
夜にコンサートやオペラなど観てみた物です。
11
グランド面から地下に排水でもするところなのでしょうか。
12
現在の構造物ですが、地下に明かりが届きます。
13
猛獣や剣闘士同士でも生き残りを掛けてのイベントとは言えない強烈な殺戮です。
14
満天の星空の下(もと)で芸術を鑑賞したいです。
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先ほどの鉄のすのこを地下から見上げています。
18
剣闘士や猛獣が待機していたのでしょか。
現代に生きている事に感謝です。
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地上の上がってきました。
23
観覧席に上がります。
24
後ろを振り返り、円形闘技場を観ています。
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剣闘士などを見ている観衆から歓声が上がっているのでしょうか。
26
道ての鉄の手すりや左の照明などは古代には無いのは勿論です。
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私達のグループ以外の観光客も少しだけいましたが、この少なさです。
ローマでは事前にネットから申込みしていないと入れない長蛇です。
29
円形競技場から外の街が直ぐに近くには民家が並んでいます。
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下の入り口に入ってくる人が見えます。
出口手前でお茶をしてから出ました。
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外から見ても荘厳とは少し違いますが時代の重みを感じます。
これ程の保存状態を見るだけでもチュニジアに来た意味がありました。
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バスを待つ間にお店がありました。
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