週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#317 -’08. お山の日記(12月13、14日)

2008年12月18日 23時43分12秒 | お山の日記
前回の日記です、今回のではありません。

水抜きが完了した冬の峠の我が家に行くのに、金曜日深夜発か?土曜日早朝発か?迷った末に金曜日深夜出発を選択した。

中央高速の調布インターに入り、小淵沢インターを下りたのが日付が変わった土曜日である。
いつものお気に入りの道を大平へ。
大平交差点で左折して鉢巻道路へ。
鉢巻道路ではすれちがう車もない深夜の紅葉も済んだ山道である。
運転する自分は鹿との遭遇に注意を払い走行した。1218234312



『12月13日土曜日』

我が家への到着は、日付も変わった土曜日深夜0時30分である。
車の外気温表示はマイナス4℃を表示している。
12日金曜日から13日土曜日にかけては満月だったようで、月の光が煌々と輝いていた。
月の明かりがこれ程明るい物だと再認識した次第である。
鉢巻道路を右折する直前から八ヶ岳の辺りが輝いている。
最初は何が輝いているか良く分からなかった。
何となく、高層の白いすじ雲が月明かりで輝いていると思っていた。
車の向きが変わり、八ヶ岳の峰を直視できる状態になり始めて、それが何だか分かった。
何と冠雪した八ヶ岳の峰が輝いていたのである。
それは息を呑むほど神々しく美しい状況であった。
神々の山々を見ているが如くであった。
街の明かりは殆どなく、明るい満月に照らされて、あたかも八ヶ岳自体が輝いているように見えた。
見た目どおりにカメラに収めたかったが、肉眼で見えてもこの状態をカメラに収める技量がない事を自覚して、撮影するのを諦めた。

我が家に深夜の到着。
最高最低気温の記録できる温度計で、室内の最低はマイナス3℃を記録していました。
因みに室外最低はマイナス11℃でした。
到着時でこの日は外気温はマイナス4℃です。
室温は零度前後だったと記憶しています。
部屋を温めると言うより家を温めると言うのが実態です。
建物自体が冷え切っていますから、熱はそちらに奪われてナカナカ室温が上がりません。
オイルヒーターを除く我が家の暖房機の総動員です。
薪ストーブ、石油ストーブ(反射型、対流型各一台)と石油温風ヒーター一台の電気カーペットです。

5~6年前でしょうか雪の降る年末に長時間停電した事がありました。
雪で送電線が切れたのです。
で、電気に頼らないで暖が取れるようにと言う事で、電気を使う温風ヒーターに変わる対流型の石油ストーブを買い足しましたが、今ではそれも同時に使っています。
この時期の深夜の到着はやはり問題だと痛切に感じました。

薪ストーブを使っての我が家の只一つの料理です。
美味しい焼き芋です。
おおちゃくして、アルミホイールに包んでストーブの中にほおり込むだけ。
30~40分後には美味しい焼き芋が出来上がっています。



何時の時代から川越がさつまいもの産地になったのか知りませんが、お気に入りの川越産さつまいもです。



前回の時の夏用タイヤからスタッドレスタイヤに履き変える予定でしたがこの日(13日)にのびてしまいました。
翌日には、雪が降りましたから、間一髪の所でセーフでした。
タイヤ交換も40分程度ですみ、試運転とタイヤの空気圧調整の為スタンドへ。
原村では入れる時の行きつけのスタンドから。
夏の信州旅行の時と比べると大変安くなりました。
東京と殆ど変わらない値段でした。
驚きの値段です。



柳沢の交差点から電柱の並ぶ御柱街道を。
八ヶ岳の山々が。



スタンドから山々を。
ガスを入れてエアーチェックして。


その足で富士見の生協へ向かいました。
次に灯油を買うためにJマートにお邪魔して、小鳥の餌や熱帯魚や我が家の猫の餌などを購入してズームラインを通り我が家へ戻りました。

本日の原村レストランの昼食です。
富士見の生協で買ったかにコロと牡蠣フライと我が家で漬た野沢菜など。



クリスマスシーズンと言う事ではありませんが、冬限定のランチャンマットです。
スノーマン。


こちらも冬限定の柊のマットです。



11月の初雪を観測して以来、今シーズンの給餌を開始していましたがやっと野鳥が来てくれました。
それもにぎやかに集団での訪問です。
お客様のホオジロです。




『12月14日日曜日』

目が覚めるなり、外は一面の銀世界
前日にスタッドレスタイヤに交換していて大正解でした。
と、言うか間一髪でした。
最悪の時はチェーンも有りますが、乗り心地が悪くなります。

前回より、長靴をトランクに乗せてあります。
峠の我が家に到着しても雪を掻き分け辿りつけるようにとの準備の為です。
それと、一部の除雪用具を外に出してあります。
地下室の扉が開かなくなった時があり、難儀した為の対策です。

水抜き戸締りとして11時半に峠の我が家を出発です。
鉢巻道路に出て、大平を右折して八ヶ岳高原ラインを小淵沢へと。
長靴で運転している為、スニーカに履き変えるため小淵沢の道の駅へ。

座る所の濡れている為でしょうか、足湯には誰も入っていませんでした。
我が家も入らずに道の駅の売店へ。



中に入ると信州サーモンの大きなポスターが。



この所とんとお邪魔しなくなったパンの家のエムワンの各種パイが売られたいました。
早速、先にお店に入った家内がアップルパイを買っておりました。
ここの方のご好意で中の売店に入ると言う事で預かってくれておりました。
ですから、パイの家のアップルパイを買ったことを店を出る直前まで知りませんでした。



社名はパンの家なのですが、パイの家と言う屋号を使っているから紛らわしいこと。
最近は泉ラインを通る事も無い為、寄る機会がなくなりました。
この包装紙にはパイの家エム・ワンとなっておりました。

ただ、欲を言えばパイの特徴である、何層にも成った薄い生地のパリパリ感はありませんでした。
パックされていますから如何ともしがたいですが、いつも通り味は美味しかったです。


そのあと、小淵沢インター直前の包包で昼食を摂り、12時半ごろ小淵沢のインターから中央高速に入り、渋滞に遭うことも無く我が家へ到着しました。
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#316 -’08. こぶち包包(pao pao)

2008年12月17日 22時41分50秒 | 八ヶ岳ご近所の食事処・お茶処
以前に生の餃子を買った小淵沢インター近くのお店です。
日曜日の昼食に寄りました。
家内は前回、餃子を購入に店に入りましたが、自分が入るのは始めてである。
隣の市場でも良く買い物しますが、今回はこちらの包包さんでお食事を。

鉢巻道路の雪もここまで来ると積もっておりません。
積もる程ではなかったのか、濡れては居ますが雪は積もっておりません。

看板にもあるとおり、こぶちざわ包包ではなく、こぶち なんです。



自然豊かな長椅子とテーブルです。
カウンター席もあります。



今回注文したのは、チャーハンランチで750円です。
超お徳で美味しかったです。


手振れかな?
何故かこの画像のみピンボケでした。
チャーハン、スープ、お新香、それに餃子です。
家内も同じ物を注文したので、餃子が8個ほど写っています。



自分の口に合った美味しいチャーハンでした。



包包と言うお店の通り、美味しい餃子です。
今回も食事とは別に東京へお土産として生の餃子を買って帰りました。

お店に入る時、デジカメは車の中で、携帯電話で総べて撮影したものです。

日曜日、帰宅時に昼食を摂るのにはもってこいのお店である。
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phone 126 -’08. さて、どこの坂?

2008年12月16日 22時12分20秒 | その他


当たっても商品、賞金は出ませんが。

携帯から

答は けやき坂 です。

イルミネーションの名所です。
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#315 -’08. 雪の鉢巻道路

2008年12月16日 00時02分28秒 | 原村の自然など
12月14日、水抜きを済ませて東京への帰路についた時の鉢巻道路の雪景色を。
走行した順にご覧あれ。
画像は総べて走行中の車内から携帯電話にて家内に撮影して貰った物。


鉢巻道路に下りてくるも、除雪はされていたが白一色である。
新雪だし気温は零度以下。
滑る心配も無いが今シーズンの初の完全な雪道走行である。
慎重に運転した。
幟の右手の道を下ると四季の森の白樺平の別荘地。
完全なホワイトアウト状態です。



右手に写っているのはカメラを構えて八ヶ岳美術館を撮影している方。
この寒い中、ご苦労様である。
従って、左手が八ヶ岳美術館で、立っている方の少し先の右手がペンションビレッジ前の大通り。
人が居る所がドイツトウヒのツリーの辺りです。



このカーブの先右手がズームラインに下る道。
その右折車線の直前の鉢巻道路。
我が家は、南諏訪から東京方面へ入る事は基本的にありません。
で、このまま鉢巻道路を直進です。
出発前に携帯電話でネットに接続して中央高速の規制状況を確認すると、小渕沢までは雪規制。
小淵沢からは何の規制もありませんでした。
その先の小仏峠周辺で雨の速度規制でした。



この坂を下り始めるところに来ると、真正面に八ヶ岳が見えるのですが、今回は道も空も白く一体化していました。
ここから見る八ヶ岳が四季折々の姿を見せてくれ、その峰に別れを告げて家路に着くお気に入りの場所。
春は峰に雪が残る新緑の八ヶ岳を!
夏は濃い緑の中に佇む八ヶ岳を!
秋は落葉松などの色付く八ヶ岳を!
冬の夕方には夕陽を浴びて赤く輝く八ヶ岳を!



(12月23日に追加)
12月21日に撮影した画像を。



その坂を下りきって、橋を渡る直前です。
ここまでが原村です。



橋を渡り隣町の富士見町です。
この建物の所を左に入ると立場川キャンプ場です。



除雪をしても場所により道路状況がその場所場所により変わります。



ヨドバシカメラのスポーツセンターを右に見て。



シンボルタワーの有る鹿の湯や富士見のスキー場を通り越して、アーチの直前です。
このアーチを越すと右手にはペンションへ向かう道が。



タイヤをとられることも無く、大平の交差点に到着です。
左に行けば清里へ。
右へ下れば小淵沢道の駅、小淵沢インターへ。
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phone 125 -’08. 一面の銀世界

2008年12月14日 07時36分04秒 | お山の日記


起きたら一面の銀世界である。
天気は下り坂であるのは分かっていたが、驚いてしました。
スタッドレスタイヤに交換して良かった。
画像は玄関のクリスマスツリーのような木。

文&画像とも携帯電話から午前7時36分にアップ。
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phone 124 -’08. 目が覚めて

2008年12月14日 02時38分27秒 | お山の日記


前の日の深夜の到着と夜更かしで、8時前には寝てしました。
で、今は喉が渇き目が覚めてしました。
薪ストーブの前で火いじりしている。
我が家から見えるご近所さんの灯りは、一軒だけである。
別荘に来るお宅と来ないお宅が固定化してきた。

画像は過去の三分の一湧水。
過去の画像が携帯電話に92件程セーブされている。
最近、トント泉ラインを走らなくなってしました。

P.S.コメント下さる皆さんへ「いつも有り難うございます。ご返事は、東京に戻ってから差し上げます。」
「コメントのアップだけ、携帯電話からさせて頂きました。」

文&画像ともに携帯電話から午前2時28分(真夜中)にアップ。
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phone 123 -’08. 天気は下り坂

2008年12月13日 19時59分58秒 | お山の日記


早朝、曇が多かったが穏やかな良い天気でした。
我が家の野鳥のレストランにもホオジロが集団で来てくれました。
百匁柿は、3週間経つのに出来ていませでした。
大きいから、日数が掛かるのかも。

文&画像ともに携帯電話から午後7時59分にアップ。
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phone 122 -’08. やっと暖かく

2008年12月13日 01時43分37秒 | お山の日記

たった今の満月

冷え切っていた建物が少し暖かくなって来た。

文&画像ともに携帯電話から午前1時43分(真夜中)にアップ。
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phone 121 -’08. 満月に照らされて

2008年12月13日 01時25分16秒 | お山の日記


深夜12時30分に峠の我が家に到着。
到着時の車の外気温表示では、マイナス4℃。
暗い空に満月が頭上に輝いている。
満月の明かりに照らされて八ヶ岳が白く光っている。
美しさに息をのむ。
画像は夜食のパンです。

文&画像ともに携帯電話から午前1時25分(真夜中)にアップ。
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#314 -’08. 「父の人生 昭和と言う時代」を読んで

2008年12月12日 21時15分50秒 | その他
たまたま、目に留まる機会がありましたので今から凡そ11年前のスレッドを再掲します。
自分の言いたい思いが出ていると感じたからです。2019年9月5日正午(20081212211550)明日には本来の2008年の位置にもどします。


翠さんのブログ【翡翠色 オパール 風の声】の8月15日付けの記事「父の人生 昭和と言う時代」を読んで、思った事。

翠さん、コメントでは長くなりご迷惑と思いますので、自分のブログに書かせていただきます。
早いもので夏が年の瀬の師走になってしまいました。
コメント欄にお約束した自分の感想を記載します。

自分の脳裏に浮んだ事。

戦争も知らない世の中に生まれ取り立てて、ひもじい思いをする事も無く成長してきた自分。
勿論、戦争も知らないから、生命の危機を感じることも無く生活している自分。

第二次世界大戦が終わり、日本に生まれ育っていると世界は平和な感じがする。
ところが記憶に残る大きな戦争(紛争)だけでも朝鮮戦争、ベトナム戦争、第一~三次中東戦争、湾岸戦争、イラク・イラン戦争、アフガン戦争など数え上げればきりがない。
独立戦争やソビエト連邦崩壊に伴なう東欧やアフリカ諸国の内戦に至っては記憶に残らないぐらい多い。
世界中では生命の危機を感じながら生活している住民が実に多いのに日本での日常生活ではその人たちに考えを思い描くことすらない。
しかし、私達日本人は第二次世界大戦後の教訓により人類は戦争の愚かさを学んだと錯覚している。
正確には戦争の愚かかを学んだと思いこんでいるだけなのかもしれない。
でなければ、これ程の戦争や紛争が発生する筈がない。
人類はそれ程学習能力がないのであろうか。

もし世界が1000人の村だったら」を思い起こすまでも無く日本は恵まれている。
蛇口をひねれば水が出て、スイッチを入れれば電気が付き、コックを捻ればガスがつく。
そんな環境が自分の生まれた時から当たり前であった。
翠さんのお父さんの戦争中の青春時代と異なり、物質的にも精神的にも私達戦後の日本人は本当に幸福な時代を謳歌している。


一休み。

(昭和と言えば、東京タワーと言う事で。)

(撮影は多分、港区役所からだとおもいます。2019年9月5日追記)

歴史上、以前は世界的に見ても戦が止むことが無く、日本においても戦に明け暮れるか、飢餓に襲われて生命の危機を意識して生活していた。

○武力による生命の危機。

○食料による生命の危機。
戦後の世代が初めて有史以来であろう生命の危機を感じる事も無く生活できる幸せ。
その幸せな時代に生きていること自体忘れてしまっている私達・現代人。
その幸福な満ち足りた時代である事を『父の人生』を読んで痛切に感じた。
小さな不幸せは存在しても、何と幸福な時代に生を受けたのかと感謝したくなる。

地球に蓄積された貯金を勝手に下ろして使っている現代人。
45億年の太陽の恵みを後世の地球上の人類を含む生物に残す事無く使い、地球温暖化を招く強欲な現代人。
石炭、石油、天然ガスなど総てが太陽が残してくれた化石燃料である。
自分達の世代で使い切って良いのだろうか。

総べての動物は自ら栄養源を造り生命を維持することは出来ない。
動物の生命維持と活動のエネルギーは総べて植物からでなければ摂る事が出来ない。
または、その植物から得た動物から摂取しなければならない。
至って平和的な植物と植物から得なければ生きられない人間を含む動物。
人類と言う一つの種がこれ程地球上に繁栄して地球に負荷を与えている。
その人類が爆発的な勢いで増えている。
その人類の増加と共に地球上から絶滅する種が増え出した。
違った側面から地球を眺めえ見ると、地球温暖化も地球が人類に対して反乱を起こして(警告)いるだけである。
地球が温暖化しても宇宙天体としての地球の存在は全く影響を受けない。
地球誕生以来、温暖化と寒冷化は周期的に訪れたいる。
その気候の変動がそこに住む生き物に試練を与えて、存在を否定されても地球には次の生き物が誕生するだけである。
人類ないしはその他の動植物は絶滅するだけのことである。
それ程地球としての存在は大きい。
なのに地表面に存在する生物のなんと頼りなく弱弱しく儚いことか。
地球カレンダーに拠ると人類が地球上に出現したのは暮れも押詰まった12月31日の大晦日、NHKの紅白も終了した頃であろう午後11時37分である。
我が家の息子達も大好きだったあの恐竜が絶滅したのが、クリスマスの翌日の12月26日の事。
大昔と思っているが地球のカレンダーに拠るとホンノ一瞬である。
それでも、恐竜ですら地球カレンダーで見ると15日間、その足跡を残している。
このままの状況が続けば、賢い人類なのにカレンダー上に一日の存在の足跡すら残せなくなる。


二休み。

(高級官僚の天下りの為の箱物でしょうか、昭和館。
一度も入った事がありませんから、安易に批判はできませんが、見るに値する物が・・・?。
軍人の九段下の九段会館です。)

(撮影は九段の北の丸公園に入る所で左を向いての撮影です。九段会館は今は改築中です。内濠の牛ケ淵の所に菜の花と桜は咲いていますので春の時期にです。2019年9月5日追記)



話を戻して、これからの私達の生活はどのように変わるのであろうか?
次の世代から非難されない為にも、どの様にしなければならないのであろうか?

今の私達。
その時その時の社会要因による雇用などの不安が存在したとしても恵まれた時を歩んでいることは間違いない。

後進国が発展途上国へ。
そして先進国へと仲間入りして来る。
人間が造りだす富は増やせても、その富で購入できるものには限りがある。

その限りある資源の争奪戦である。
武力によるか、富によるかは別にして。
いかにしてこれらの物を正しく分配していくのか、それが問題である。
”増加したこれからの人類の数”と”生活水準が向上した人類”に分配するほど地球は優しくない。
即ち絶対量が不足するのである。

エネルギー。
水。
空気。
食料。
土地。
その他の資源。

1000人の村人全員が車を持つことなどは不可能である。
それでも、蜘蛛の糸の如く人間は上に上りだす。
限られた水を求め、食料を求め。限られた平和な土地を求め。

これからは、平和が長続きしない暗黒の時代にしないためにも、英知を絞らねばならない苦しい時が訪れるかも。


子の世代、孫の世代・・・・と続く人類と地球上に存在する生き物、風景などすべて、後世に継承すべき責務を負っていると強く感じた。


それにしても、戦後の世代は恵まれた時代に生を受けた事を神に感謝しなければならないとせつに思った次第である。

(現在の富の象徴でしょうか?
ご存知六本木ヒルズです。)

(撮影は多分、毛利庭園からだとおもいます。2019年9月5日追記)


書いてからの自戒の念。
自分自身が地球に負荷を与える最大の物は車である。
最低限の使用に止めることと共にスピードを抑えねば。


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#313 -’08. 黄金色

2008年12月11日 22時45分16秒 | その他
お山では銀杏の葉も既に散ってしまいましたが、こちらでは今が黄金色の絨毯です。
モミジやケヤキの落ち葉を踏むと、サクサクと葉が割れていく音がします。
その音が何とも言えない秋の風情を醸し出してくれます。
ところが、銀杏の葉は硬く、踏んだぐらいでは粉々に成りません。
壊れることも無く、其のまま黄金色のままです。
銀杏の葉はケヤキなどより高級な絨毯なんでしょうか。


三枚ともご近所の公園です。



化石の木と言われるメタセコイアの大木です。
肉眼ではもう少しピンクがかっていました。



敷き詰めた訳ではありません。
沢山の落ち葉でご覧の通り黄金色です。

総べて携帯電話にて撮影した為、色合いが微妙に違います。
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#312 -’08. たてしな自由農園(地産地消)

2008年12月10日 22時35分12秒 | お山の日記
我が家の買い物のお気に入りのたてしな自由農園。
地産地消で原村ないしは近隣の所にお金は落ちるし、フードマイレージは少なくて済む。
能書きはさて置き、その実態は我が家にとって安い事がお気に入りの一番の理由かも。

エコーラインの先に美しい八ヶ岳が目にはいる。



夏、大町温泉にお邪魔する途中に寄った道の駅、松川。
今まで記憶に残らなかった地名であったが、今では懐かしい地名になった。



善光寺平で栽培のリンゴです。
姨捨山から見た夜景は確か善光寺平のはず。



我が村、原村産のブロッコリーです。
我が家で食べる機会が多い野菜かも。



原村産のパセリです。
特に原村産は買わねば。



近隣のお野菜の御パレードです。



自分の大好きなトロロです。
長芋を買いました。
おろして食べるだけではありません、色々と調理してもらいます。
でも、ご飯に掛けて食べるトロロご飯が美味しいです。
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#311 -’08. 朝日を浴びる北アルプス

2008年12月09日 21時19分05秒 | 南アルプス・北アルプス
11月24日の月曜日。
三連休の最終日、窓の外を見ると北アルプスがハッキリと見えて、その峰に朝日が当たり、ほのかにピンク色に輝いていた。
時刻は午前7時数分前である。

早速カメラを持って外に出て撮影開始した。
ピンク色がドンドン薄れて明る色に変化していく。
早く撮らねば。

乗鞍岳。



穂高連峰から大キレットに続くこのあたりが一番ピンクに輝いていた。



木々の木の葉も落ちて北アルプスが見やすくなった。
穂高連峰から大キレット&大好きな槍ヶ岳を望み。















八子ヶ峰の山小屋は蓼科山の日影に入っている。



蓼科山も画面右手から日を浴びていた。
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#310 -’08. 今日の北八ヶ岳

2008年12月07日 00時00分21秒 | 八ヶ岳
今日と言っても、11月23日の事ですが。
スイーツに粉砂糖を振りかけたような姿をしていました。
それは美味しそうであると言うべきか美しいと言うべきか!

我が家から見えるショウーウィンドーに並ぶスイーツ。


緑の赤松、赤黄色の落葉松、山にトッピングの粉砂糖。
大きなスプーンですくって、食べてみたい程である。







定番のアルビレオ。




木の枝の陰に、車山山頂のお天気レーダードームが。









一番美味しいスイーツはどれなんでしょうか。
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#309 -’08. チーズフォンデュ

2008年12月04日 21時10分26秒 | 我が家の食事(原村レストラン)
お山でチーズフォンデュを食べるのも四度目である。
二年に一度程度の頻度である。
所がチーズを溶かし温めるアルコール燃料が無い。
テーブルの上で使う燃料がない分けである、これは困った。
代用で固形燃料を使おうとしたが、最後の一個が使い物にならない。
苦肉の策で思いついたのが蝋燭だ。
が、火力が弱すぎた。
お山の家が出来てから一度も使われた事のないIHクッキングヒーターのお出ましと相成った。
美味しかったものの、そんなこんなで何処かせわしない食事であった。

11月24日のチーズフォンデュを。
 


箸置きに鎮座するフォークとお箸。







下戸の家内はジュースをサイダーで割っていた。
自分は大雪渓です
一度に一合程度しか飲まないから減らないこと。



IHクッキングヒーターは超便利であった。















本来はフランスパンらしいが、食パンでもカリカリに焼くと大変美味しかった。
今回は牛乳仕立てで食した。
ワイン仕立てで食べることも出来る。
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