本と映像の森 173 小池一夫さん作・平野仁さん絵『少年の町ZF 1 ラボック光編』小池書房、2011年7月20日初版第1刷、399ページ、定価571円+消費税
8月11日に「本と映像の森 170」で紹介した『少年の町 ZF 3』の第1巻です。全5巻。
東京都多摩市で、ある夜、UFOの光のV字型の編隊、いわゆる「ラボック光」が目撃される。
翌朝(学校をさぼる感じではないから日曜日か?)の朝、ラボック光の一つが降下していって消えた「高陣山」を、目撃した人たちのうち、11人の少年たちが登り始めることから、物語が始まります。
物語では、光を目撃したたくさんの大人や子どものうち、11人の少年だけが現地の山を登るという設定になっていて、おもしろいですね。
ぼくもUFOは「大好き」なのですが、少女は来ないという設定で、たとえば主人公の一人、高校生の探題剣司(たんだいけんじ)さんは、その夜は、同級生で彼女の遠山百合子さんと「初めてのキスに熱中していた」のだから、翌朝、百合子さん「百合っぺ」と一緒に登ってきても違和感はないと思います。
そこを11人に限定したというのが、設定の面白さでしょうね。つまり、サッカーの「11人」です。11人という人数は、萩尾望都さんの傑作SFコミック「11人いる!」でも使われていましたね。
山を登った11人が遭遇するのが、宇宙からやってきたヒューマノイドタイプの異星人の「探査」担当の少女「囁き子」です。
囁き子と遭遇することで、偶然、11人の少年たちは、50億人の人類が「吸血鬼」のような異質の存在になってしまった運命から逃れますが、11人の哀しみと苦悩も、そこから始まります。
囁き子は言います「月が昇る 凶兆(いるおーめん)の夜が来る」。
主人公たちの中で、ぼくが一番好きなのは、やはり最年少の小学生・太郎でしょうね。
本の裏表紙から引用しますと「今から35年前(1976年)に青年漫画誌に連載されるや多くの青少年に衝撃を与え、後の作品に大きな影響を残している。SFホラーコミックの金字塔。15年ぶりに復刊!」。
1976年ですから、ちょうどぼくは浜松へ帰ってきたときで、たぶん雑誌で読んで、結末まで読み損なったのだと思います。
今回は、全5巻を手に入れて、最初から最後まで読めそうです。35年ぶりの悲願達成ということで,うれしいです。
☆
「ラボック光」についての蛇足
第1巻の中でも「1951年8月30日にテキサス州のラボックというところに現れた光の編隊で…」と言っていますが、この写真自体はどうも偽造のようですが、その前の目撃はリアルなようです。つまり、V字型の緑色の光点が上空を通っていった、というのはたくさん目撃者がいて事実なようです。
それも何回も。
そんなに異星人の宇宙船がアメリカ人のテキサス州民・ラボック市民のために「展示飛行」をするとは、ブルーインパルスではないので、あまり考えられない。
やはり、V字型の飛行というと、思いつくのは「雁の飛翔」ではないでしょうか。この飛翔を何らかの自然のか、人工的な、か下からのライトで照らされると「ラボック光」にならないでしょうか。
無理かな?
いちばんの問題は、① 異星の文明が地球文明と接触できるほど長時間にわたって存在できるのか、ということと ② 異星の文明がほんとうに地球を訪れているなら、なぜ公式に「大使」を派遣して接触しないのか、ということでしょうか。
回答のいくつか、① 異星の文明は、地球征服を狙っているので「大使」など派遣しない、というのと、② 地球の文明はまだあまりにも低レベルで「われわれ」が接触して楽しいレベルに到達していない、もっと待とう、ということかな。
ぼく「異星人さん、いつまで待つんですか」
異星人「やはり、地球文明が核兵器とか原発とか、低レベルなものを廃棄したあとだね」
8月11日に「本と映像の森 170」で紹介した『少年の町 ZF 3』の第1巻です。全5巻。
東京都多摩市で、ある夜、UFOの光のV字型の編隊、いわゆる「ラボック光」が目撃される。
翌朝(学校をさぼる感じではないから日曜日か?)の朝、ラボック光の一つが降下していって消えた「高陣山」を、目撃した人たちのうち、11人の少年たちが登り始めることから、物語が始まります。
物語では、光を目撃したたくさんの大人や子どものうち、11人の少年だけが現地の山を登るという設定になっていて、おもしろいですね。
ぼくもUFOは「大好き」なのですが、少女は来ないという設定で、たとえば主人公の一人、高校生の探題剣司(たんだいけんじ)さんは、その夜は、同級生で彼女の遠山百合子さんと「初めてのキスに熱中していた」のだから、翌朝、百合子さん「百合っぺ」と一緒に登ってきても違和感はないと思います。
そこを11人に限定したというのが、設定の面白さでしょうね。つまり、サッカーの「11人」です。11人という人数は、萩尾望都さんの傑作SFコミック「11人いる!」でも使われていましたね。
山を登った11人が遭遇するのが、宇宙からやってきたヒューマノイドタイプの異星人の「探査」担当の少女「囁き子」です。
囁き子と遭遇することで、偶然、11人の少年たちは、50億人の人類が「吸血鬼」のような異質の存在になってしまった運命から逃れますが、11人の哀しみと苦悩も、そこから始まります。
囁き子は言います「月が昇る 凶兆(いるおーめん)の夜が来る」。
主人公たちの中で、ぼくが一番好きなのは、やはり最年少の小学生・太郎でしょうね。
本の裏表紙から引用しますと「今から35年前(1976年)に青年漫画誌に連載されるや多くの青少年に衝撃を与え、後の作品に大きな影響を残している。SFホラーコミックの金字塔。15年ぶりに復刊!」。
1976年ですから、ちょうどぼくは浜松へ帰ってきたときで、たぶん雑誌で読んで、結末まで読み損なったのだと思います。
今回は、全5巻を手に入れて、最初から最後まで読めそうです。35年ぶりの悲願達成ということで,うれしいです。
☆
「ラボック光」についての蛇足
第1巻の中でも「1951年8月30日にテキサス州のラボックというところに現れた光の編隊で…」と言っていますが、この写真自体はどうも偽造のようですが、その前の目撃はリアルなようです。つまり、V字型の緑色の光点が上空を通っていった、というのはたくさん目撃者がいて事実なようです。
それも何回も。
そんなに異星人の宇宙船がアメリカ人のテキサス州民・ラボック市民のために「展示飛行」をするとは、ブルーインパルスではないので、あまり考えられない。
やはり、V字型の飛行というと、思いつくのは「雁の飛翔」ではないでしょうか。この飛翔を何らかの自然のか、人工的な、か下からのライトで照らされると「ラボック光」にならないでしょうか。
無理かな?
いちばんの問題は、① 異星の文明が地球文明と接触できるほど長時間にわたって存在できるのか、ということと ② 異星の文明がほんとうに地球を訪れているなら、なぜ公式に「大使」を派遣して接触しないのか、ということでしょうか。
回答のいくつか、① 異星の文明は、地球征服を狙っているので「大使」など派遣しない、というのと、② 地球の文明はまだあまりにも低レベルで「われわれ」が接触して楽しいレベルに到達していない、もっと待とう、ということかな。
ぼく「異星人さん、いつまで待つんですか」
異星人「やはり、地球文明が核兵器とか原発とか、低レベルなものを廃棄したあとだね」