雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

新・本と映像の森 211 槇村浩「間島パルチザンの歌」1932年

2018年11月19日 11時17分09秒 | 本と映像の森

 

新・本と映像の森 211 槇村浩「間島パルチザンの歌」1932年


 槇村浩『間島パルチザンの歌 ー 槇村浩詩集 ー』(新日本文庫、新日本出版社、1980年、198ページ、定価340円)よりp38~50

 槇村浩さんは戦前、高知県の詩人・日本プロレタリア作家同盟員・共産青年同盟員・日本共産党員候補。

 「間島パルチザンの歌」を発表した直後に、警察に検挙され特高の拷問と虐待を受ける。

 「「間島パルチザンの歌」は当局【警察】によって一時一句、題名まで発禁【発売禁止】だと宣言され」(p197「自筆略歴」)た。

 1938年9月3日土佐脳病院で死亡、26才。

 基本は「槇村浩『間島パルチザンの歌 ー 槇村浩詩集 ー』(新日本文庫、新日本出版社、1980年」によったが、ネット「青空文庫」「槇村浩」「間島パルチザンの歌」も参考にした。

 なお「間島」は「かんとう」と読む。現在の「中華人民共和国 吉林省 延辺朝鮮族自治州」のこと。

 以下、「間島パルチザンの歌」全文。


思ひ出はおれを故郷へ運ぶ
白頭の嶺を越え、落葉松の林を越え
蘆の根の黒く凍る沼のかなた
赭ちゃけた地肌に黝ずんだ小舎の続くところ
高麗雉子が谷に啼く咸鏡(かんきょう)の村よ

雪溶けの小径を踏んで
チゲを負ひ、枯葉を集めに
姉と登った裏山の楢林よ
山番に追はれて石ころ道を駆け下りるふたりの肩に
背負繩はいかにきびしく食ひ入ったか
ひゞわれたふたりの足に
吹く風はいかに血ごりを凍らせたか

雲は南にちぎれ
熱風は田のくろに流れる
山から山に雨乞ひに行く村びとの中に
父のかついだ鍬先を凝視めながら
眼暈ひのする空き腹をこらへて
姉と手をつないで越えて行った
あの長い坂路よ

えぞ柳の煙る書堂の陰に
胸を病み、都から帰ってきたわかものゝ話は
少年のおれたちにどんなに楽しかったか
わかものは熱するとすぐ咳をした
はげしく咳き入りながら
彼はツァールの暗いロシアを語った
クレムリンに燻ぶった爆弾と
ネヴァ河の霧に流れた血しぶきと
雪を踏んでシベリヤに行く囚人の群と
そして十月の朝早く
津波のやうに街に雪崩れた民衆のどよめきを
ツァールの黒鷲が引き裂かれ
モスコーの空高く鎌と槌の赤旗が翻ったその日のことを
話し止んで口笛を吹く彼の横顔には痛々しい紅潮が流れ
血が繻衣(チョゴリ)の袖を真赤に染めた
崔先生と呼ばれたそのわかものは
あのすざましいどよめきが朝鮮を揺るがした春も見ずに
灰色の雪空に希望を投げて故郷の書堂に逝った
だが、自由の国ロシアの話は
いかに深いあこがれと共に、おれの胸に沁み入ったか
おれは北の空に響く素晴らしい建設の轍の音を聞き
故国を持たぬおれたちの暗い植民地の生活を思った

おゝ
蔑すまれ、不具(かたわ)にまで傷づけられた民族の誇りと
声なき無数の苦悩を載せる故国の土地!
そのお前の土を
飢えたお前の子らが
若い屈辱と忿懣をこめて嚥み下くだすとき――
お前の暖い胸から無理強ひにもぎ取られたお前の子らが
うなだれ、押し黙って国境を越えて行くとき――
お前の土のどん底から
二千萬の民衆を揺り動かす激憤の熔岩を思へ!

おお三月一日!
民族の血潮が胸を搏うつおれたちのどのひとりが
無限の憎悪を一瞬にたゝきつけたおれたちのどのひとりが
一九一九年三月一日を忘れようぞ!
その日
「大韓独立萬歳!」の声は全土をゆるがし
踏み躙られた日章旗に代へて
母国の旗は家々の戸ごとに飜(ひるがえ)った

胸に迫る熱い涙をもっておれはその日を思ひ出す!
反抗のどよめきは故郷の村にまで伝はり
自由の歌は咸鏡の嶺々に谺した
おお、山から山、谷から谷に溢れ出た虐げられたものらの無数の列よ!
先頭に旗をかざして進む若者と
胸一ぱいに萬歳をはるかの屋根に呼び交はす老人と
眼に涙を浮かべて古い民衆の謡うたをうたふ女らと
草の根を噛りながら、腹の底からの嬉しさに歓呼の声を振りしぼる少年たち!
赭土の崩れる峠の上で
声を涸らして父母と姉弟が叫びながら、こみ上げてくる熱いものに我知らず流した涙を
おれは決して忘れない!

おお、
おれたちの自由の歓びはあまりにも短かゝった!
夕暮おれは地平の涯に
煙を揚げて突き進んでくる黒い塊を見た
悪魔のやうに炬火を投げ、村々を焔の波に浸しながら、喊声をあげて突貫する日本騎馬隊を!
だが焼けけ崩れるの家々も
丘から丘に搾裂する銃弾の音も、おれたちにとって何であらう
おれたちは咸鏡の男と女
搾取者への反抗に歴史を綴ったこの故郷の名にかけて
全韓に狼煙を揚げたいくたびかの蜂起に血を滴らせたこの故郷の土にかけて
首うなだれ、おめおめと陣地を敵に渡せようか

旗を捲き、地に伏す者は誰だ?
部署を捨て、敵の鉄蹄に故郷を委せようとするのはどいつだ?
よし、焔(ほのお)がおれたちを包まうと
よし、銃剣を構へた騎馬隊が野獣のやうにおれたちに襲ひ掛からうと
おれたちは高く頭(かしら)を挙げ
昂然と胸を張って
怒濤のやうに嶺をゆるがす萬歳を叫ばう!
おれたちが陣地を棄てず、おれたちの歓声が響くところ
「暴圧の電光を覆ふ」朝鮮の片隅に
おれたちの故郷(ふるさと)は生き
おれたちの民族の血は脈々と搏うつ!
おれたちは咸鏡の男と女!

おう血の三月!―――その日を限りとして
父母と姉におれは永久に訣れた
砲弾に崩れた砂の中に見失った三人の姿を
白衣を血に染めて野に倒れた村びとの間に
紅松へ逆さに掛った屍の間に
銃剣と騎馬隊に隠れながら
夜も昼もおれは探し歩いた

あはれな故国よ!
お前の上に立ちさまよふ屍臭はあまりにも傷々しい
銃剣に蜂の巣のやうに突き刺され、生きながら火中に投げ込まれた男たち!
強姦され、肉を刳(けず)られ、臓腑(ぞうふ)まで引きずり出された女たち!
石ころを手にしたまま絞め殺された老人ら!
小さい手に母国の旗を握りしめて俯伏(うつぶ)した子供たち!
おお君ら、先がけて解放の戦さに斃れた一萬五千の同志らの
棺(ひつぎ)にも蔵められず、腐屍を禿鷹の餌食に曝す躯(むくろ)の上を
荒れすさんだ村々の上を
茫々たる杉松の密林に身を潜める火田民(かでんみん)の上を
北鮮の曠野に萠える野の草の薫りを篭めて
吹け!春風よ!
夜中よじゅう、山はぼうぼうと燃え
火田を囲む群落むらの上を、鳥は群れを乱して散った

おれは夜明けの空に
渦を描いて北に飛ぶ鶴を見た
ツルチュクの林を分け
欝蒼たる樹海を越えて
国境へ―――
火のやうに紅い雲の波を貫いて、真直ぐに飛んで行くもの!
その故国に帰る白い列に
おれ、十二の少年の胸は躍った
熱し、咳き込みながら崔先生の語った自由の国へ
春風に翼(はね)を搏うたせ
歓びの声をはるかに揚げて
いま楽しい旅をゆくもの!
おれは頬を火照らし
手をあげて鶴に応(こた)へた
その十三年前の感激をおれは今なまなましく想ひ出す

氷塊が河床に砕ける早春の豆満江を渡り
国境を越えてはや十三年
苦い闘争と試練の時期を
おれは長白の平野で過ごした
気まぐれな「時」はおれをロシアから隔て
厳しい生活の鎖は間島におれを繋いだ
だが かってロシアを見ず
生れてロシアの土を踏まなかったことを、おれは決して悔いない
いまおれの棲むは第二のロシア
民族の墻(かき)を撤したソヴェート!
聞け! 銃を手に
深夜結氷を越えた海蘭(ハイラン)の河瀬の音に
密林に夜襲の声を谺した汪清(ワンシン)の樹々のひとつひとつに
血ぬられた苦難と建設の譚(ものがたり)を!

風よ、憤懣の響きを篭めて白頭から雪崩れてこい!
濤よ、激憤の沫(しぶ)きを揚げて豆満江に迸れ!
おお、日章旗を飜す強盗ども!
父母と姉と同志の血を地に灑ぎ
故国からおれを追ひ
今剣をかざして間島に迫る日本の兵匪!
おお、お前らの前におれたちがまた屈従せねばならぬと言ふのか
太てぶてしい強盗どもを待遇する途をおれたちが知らぬといふのか

春は音を立てゝ河瀬に流れ
風は木犀(もくせい)の香を伝へてくる
露を帯びた芝草に車座になり
おれたちはいま送られた素晴らしいビラを読み上げる
それは国境を越えて解放のために闘ふ同志の声
撃鉄を前に、悠然と階級の赤旗を掲げるプロレタリアートの叫び
「在満日本革命兵士委員会」の檄!

ビラをポケットに
おれたちはまた銃を取って忍んで行かう
雪溶けのせゝらぎはおれたちの進軍を伝へ
見覚えのある合歓(ねむ)の林は喜んでおれたちを迎へるだらう
やつら! 蒼ざめた執政の陰に
購(あがな)われた歓声を挙げるなら挙げるがいゝ
疲れ切った号外売りに
嘘っぱちの勝利を告げるなら告げさせろ
おれたちは不死身だ!
おれたちはいくたびか敗けはした
銃剣と馬蹄はおれたちを蹴散らしもした
だが
密林に潜んだ十人は百人となって現はれなんだか!
十里退却したおれたちは、今度は二十里の前進をせなんだか!
「生くる日の限り解放のために身を献げ
赤旗のもとに喜んで死なう!」
「東方解放軍」の軍旗に唇を触れ、宣誓したあの言葉をおれが忘れようか
おれたちは間島のパルチザン。身をもってソヴェートを護る鉄の腕。生死を赤旗と共にする決死隊
われらがものわれらがもの……
いま長白の嶺を越えて
革命の進軍歌を全世界に響かせる
――海 隔てつわれら腕(かひな)結びゆく
――いざ戦はんいざ、奮ひ立ていざ
――ああインターナショナルわれらがもの