jazz and freedom and avenger

JAZZを聴きながら勝手気ままな戯事日記 暇つぶしに・・・・

伝説の「ジャズ喫茶の人気盤」・・・・・ AFRICAN PIANO / DOLLAR BRAND

2023-02-03 | ジャズ・p

 

嘗て津津浦浦、ジャズ喫茶がある街で、この”african piano"が流れない日はない、とまで言われた人気盤。「アフリカの苦悩をピアノに叩きつけて・・・・・」と言うキャッチコピーが付けられるほどの異色作で録音は1969年10月22日、コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルでのライヴ。

先日、DU(名古屋)へ行った際、ヒット作なので出玉も多く、値段違い(680円~)で3枚もあり、780円(国内盤)ものを拾ってきました。

1973年に国内盤がリリースされ、ジャズ喫茶の激戦地、東京ではいつもどこかで流れていたそうです。ただ、偶々なのか、自分は地元で一度も聴いた経験がなく、辛うじてFMのジャズ番組で一、二度?ほど聴いた位で、どんな感じなのかサッパリ記憶がありません。

左手のシンプルなリフ・フレーズに、あぁ、これか、と記憶が朧気に戻りました。

ある時は童謡のような可愛いらしさ、ある時は落雷のような激しさ~C・テイラーばりのアヴァンギャルド・タッチ、ある時はF・レッド擬きの旅情風等々、ソロ・ピアノの退屈感を与えない建付けがしっかりなされ、鍵盤を打つタッチも緩まない。もう、パーフェクトですね。

ジャス喫茶のような閉鎖された薄暗い穴倉で、この手のpを聴かされたら、そりゃあ、催眠状態になるのも無理ないかもしれないなぁ(笑)。色々な仕掛けがシナリオ通り整然と運んでいくライヴ演奏、左手のスタティックな、右手のダイナミックな世界はまるで一種の儀式を思わせる。ただ、冷静に二、三回聴くと、意地悪かもしれないが、これ全てスコアに落とし込んでいるのではないか?と疑問が徐々に膨らんでくる。

余計なことだけれど、知らずに聴いて、果たして多くの方々のレヴュー、コメントに見られる「アフリカの大地」を直ぐに連想できるだろうか ? 行った経験が無いのに・・・・・、50年以上も前のアフリカってもっと渾沌としたイメージしか湧かないけどなぁ~

そのギャップが人々を惹き付けたのかもしれない。ミステリアスなカヴァも効果的、並みの作品ではない事は確かです。

ダラー・ブランドのpはレコードよりライヴで実際に観て、聴いた方が実像、魅力をつかみやすいタイプだろう。


追悼 ・・・・・いぶし銀三兄弟 / BARRY HARRIS

2022-10-22 | ジャズ・p

 

昨年、12月8日にB・ハリスがウイルス性合併症で亡くなっていることを知りました。享年91。

彼ほど「いぶし銀」の異名が似合うミュージシャンは他にいないだろう。況してや、バップ伝道師、パウエルの正統フォロワーとくれば鬼に金棒、特に通の間でブレない姿勢が支持され人気も高い。

上段の2枚、”MAGNIFICENT!”(Prestige)、”PLAYS T・DAMERON”(Xanadu)はハリスの代表的定盤として評価され不動の位置をキープしている。

一方、下の”VICISSITUDES”(独MPS)は蚊帳の外状態が続いている。恐らく、このカヴァが気に入らないファンが多いのでしょう。ただし、この三枚、類似性が極めて高い。

レーベルこそ異なりますが、いずれもD・シュリッテンがプロデュースし、録音エンジニアはPAUL GOODMAN、dsはL・ウィリアムス、違うのはb奏者のみ。細かく言えば写真もシュリッテンが撮り、流用までしている。もっと言えば、”MAGNIFICENT!”のライナー・ノーツはI・ギトラーが書いているももの、他の2枚はM・ガードナーが担当している。

ここまでくると身内同士如く馴れ合いが危惧されるけれど、ハリスの場合、コロコロ変わらない所が強みですね。

なお、録音は”MAGNIFICENT!”(1969年)、”VICISSITUDES”(1972年)、”PLAYS TADD DAMERON”(1975年)と丁度3年置きで、”VICISSITUDES”だけリリースが1975年と間が空いている。

自分の好みでは”VICISSITUDES”が断然、他を引き離している。ハッタリでも、妙な肩入れでもありません。他の二枚と比べハリスが極、自然体で弾き、開放的な所が良い。カヴァのハリスの表情からも十分に窺えますね。シュリッテンから「ま、独レーベルだから別の顔でも・・・・・・」なんて言われたかどうか ・・・・・(笑)。”VICISSITUDES”とは「転変、変遷、移り変り」を意味し、B-1の”Renaissance"(ルネサンス’)では、まるで「クレオパトラの夢」を連想させるアクティブな演奏を聴かせます。恐らくハリスの頭の中ではパウエルの姿が浮かんでいただろう。

もう一つ、同じエンジニアなのに「音」の違いがハッキリ出ている。以前、このpのエコーが強いMPSの音が苦手でしたが、いろいろシステムを調整すると苦にならず、G・デュヴィヴィエのbとL・ウィリアムスのブラシが良い感じでフィットしている。特にデュヴィヴィエのbは質感、量感、共に上等です。勿論、プレイ自体もGoo!

カヴァで決め付けてはいけない好例です。それにしても前歯の隙間には笑えます、でも、そこがいい。昔、本作の良さに気が付かず、大いに反省している。

R.I.P. BARRY HARRIS

 


街の噂 ・・・・・PREMINADO / BARRY HARRIS

2022-10-15 | ジャズ・p

 

嘗て「幻の名盤読本」に掲載された本作のポイントと言えば、コルトレーンのグループに参加して間もない頃のE・ジョーンズ(ds)の存在。期待の度が大きすぎるのか、或いはこちらの聴き方の視点がずれているのかもしれないが、バップを原理基調とするハリスとヴァーサタイルといえども革新的なドラミングの道を進み出したエルビンとは自ずと接点に微妙ながらズレを生じ始めている感は否めない。そこが狙いだったかもしれないけど・・・・・

改めて聴き直すと、最初に比べ印象は良くなっているけれど「幻」の冠が重荷になっている気は抜けない。ただ、聴き物の一曲がある。B面の二曲目、古いスタンダード・ナンバー”It's The Talk of The Town”。「あなたに捨てられた噂が街中に知れ渡り、恥ずかしくて外に出られない・・・・・・」という破局ソング。ヴォーカル向けと言うわけでもなさそうですが、インストではあまり取り上げられていない。

曲想に合わせ、ややメランコリックなイントロで入り、テーマを裏切られた娘の「悲しみと怒り、失望感」を代弁するかの如くしっかりとしたタッチで弾くハリスにぐぐっと引き込まれる。そしてソロ・パートではまるで傷ついた娘の心を優しくいたわる父親の心境を朴訥と弾き語るハリスに、うぅーん、ほろりとさせられる。


”It's The Talk of The Town”、邦題は「街の噂」。なお、この名演がファンの間で「うわさ」になったことは未だかって一度もない。 

 

この‘It's The Talk of The Town’は、
‘Ledies and Gentlemen,Now,we'd try for you,a very pretty old ballad which you don't hear much anymore,It's The Talk of The Town’と、C・ホーキンス自らのアナウンスから始まる62年、NYのクラブ「ヴィレッジ・ゲート」での演奏があります。通称「ジェリコの戦い」で人気のライブ盤です。

 

 

 

 


旅情のピアニスト ・・・・・ UNDER PARIS SKIES / FREDDIE REDD

2022-06-26 | ジャズ・p

 

エヴァンスのレコードの合間に、久し振りにこの一枚に針を降ろす。以前、チラッとupしておりダブりますが、ま、大目に見てください(笑)。

レコード(CD)会社、ショップのキャッチ・コピー風に言えば、「ピアノ・トリオ・ファン必聴(携)の一枚」ですね。レッドはメジャーではないけれど、決してマイナーでもなく、結構、名は知られ、隠れファンも少なくない。流麗なピアノではなく、寧ろ朴訥に弾き語るタイプと言ってよく、作曲能力にも優れ野暮ったくないところに人気の秘密が隠されているのだろう。

この作品は、渡欧した際、フランスで録音(1971. 7. 26,29)されたもの。仏FUTURA盤なので当時、流通数が限られ、内容の良さが広く浸透するのに時間が掛ったけれど、徐々に知れ渡りジャズ喫茶の人気盤の一枚に上り詰め、リアルタイムで聴かれていたファンには懐かしさが重なる作品です。

全6曲すべて魅力的で、中でも好きなトラックが”You”、聴く者、一人一人に語り掛けるようなpに骨の髄まで痺れる。また”To Bud With Love”、パウエルへのオマージュの深さは底が知れない。掛け値なし、嘘、偽りのない「ピアノ・トリオ・ファン必聴(携)の一枚」です。

なお、画像ではやや見にくいけれど、オリジナル盤はセンター・ラベルの左側、SWING 03の上にSTEREOと印刷されていますが、再発盤はこの場所から右側FACE 1の所に移動している。

 

 

2003年頃、発売された仏TERRONES盤CD。音像がシャープになり、ややハイ上がりのためff(フォルテッシモ)で高域が耳に強く当たりますが、音圧がかなり高いのでヴォリュームを絞ればそれ程、気になりません。

 

この” UNDER PARIS SKIES”の他に、好きな作品が2枚あります。

一枚が1956年、ロルフ・エリクソンのグループの一員としてスウェーデンを巡演したとき、メトロノーム・レコードに吹き込んだ”IN SWEDEN”。3枚のEP盤を30㎝LPに初めて纏めた国内盤。離れる最後に録音した”Farewell To Sweden”は去りがたい思いを気高く情感を籠めたその語り口にパウエル直系の遺伝子を見るようで聴きものです。もう一枚の「オーバー・シーズ」です。

右の一枚は半年ほど滞在したサンフラシスコの思い出を5つの章で綴る組曲を据えた”SAN FRANCISCO SUITE”(RIVERSIDE 1957. 10. 2)。これも良いですね。

 

 

この3枚、いずれも旅情を生かした優れピアノ・トリオ盤です。


遅れ馳せながら追悼を ・・・・・STANLEY COWELL

2021-09-01 | ジャズ・p

STRATA-EAST SES 19743

1973.12.10&11

その昔、都会のビルとビルの谷間、昼間でも光が差し込まず、稀にすれ違う人の顔さえ分り難いほど暗くて細長い路地奥に‘グッドマン’というジャズ喫茶があった。
5、6人も入れば酸欠状態になるほど、ひょっとしたら、日本で一番小さかったかもしれない。

狭いが故にSPは天井にぶら下がったように壁面の上部に取り付けられていた。イギリスの‘LOWTHER’(ローサー)というバックロードホーン方式のスピーカーで、当時、オーディオ通の間で、このSPの性能を100%引き出すのは、なかなか手強いと、ちょっと評判のものでした。

乾いた音なのに、彫が深く陰影に富み、音量の大小に関わらず楽器のエッジは崩れなかった。アンプは記憶違いでなければ、たしか、ラックスの球だったと思います。

冬の寒いある日の午後、ぶらっと寄った。扉を開けると、正面に一人の男が座っていて、サングラスに長髪、顎鬚を伸ばしていた。一見、芸術家タイプに思えた。斜め前に座って暫くすると、本作がかかった。内容の良さは知っていたが、ジャズ喫茶で聴くのは初めて。暫くして、いつも自分の部屋で聴くカウエルとはちょっと違う事に気が付いた。

ピアノの一音一音が、アラベスク・タッチのカヴァのように色彩感に満ち、壁に乱反射し空間を埋め尽くし始めた。三曲目の‘Prayer for Peace’に入り、不意に甘いメロディの後、テンションを徐々に高めていくカウエルのpに脳細胞の一つ一つがカラーリングされていくような錯覚に陥った。

針がアップされ、一瞬の静寂後、男がフッーと息を小さく吐き、「ええなぁ~」と低く呟いた。そして、扉の向こうへ消えていった。この男がリクエストしたのだろうか?

次のレコードに替えられるまで、僕はこの印象的なカヴァの顎髭のラインが架かった左手の微妙な角度と指先をじっと眺めていると、まるで催眠術にかかったように急に睡魔に襲われ眠ってしまったのだ。

ふと我に返ると、かなりの時間が経っていて、慌てて外へ出ると、真っ暗な路地を隙間風がピュー、ピューと吹き抜け、その音に交じって「ええなぁ~」という声がビルとビルの間に「こだま」していた。
 
その時から、この作品は、グッドマン、ローサー、そしてカウエルが三位一体となった忘れられない「一枚」となった。

 

HP”Bluespirits(2008. 11. 2より加筆転載)

 

レコーディング・デヴューした”WHY NOT / MARION BROWN”(ESP ・1966年)

 

MUSIC INC.の実質的1st盤 ”THE RINGER / CHARLES TOLLIVER”(POLYDOR・1969年)

 

この二枚でCOWELLの魅力にぞっこん惚れ込み、嵌りました。

2009年1月、C・トリヴァーのビッグ・バンドで来日し、ライブ・ハウス”STAR EYES”(名古屋・覚王山)で元気な姿を見せ、素晴らしいプレイを聴かせてくれました。

最高の思い出です。

 

2020.12.17  天に召される。享年79。

R.I.P. STANLEY COWELL

 

 


モダン・ジャズの墓標 ・・・・・ BRILLIANT CIRCLES STANLEY COWELL

2021-08-28 | ジャズ・p

FREEDOM FLP 40101

 

マイルスの”BITCHES BREW”が録音された69年8月の一ヶ月後、同じニューヨークで70年代のモダン・ジャズ・シーンを担うだろうと嘱望された次世代のホープ達による作品が録音された。彼らの気持ちをストレートに表現したピュアで真摯なこの演奏は行き詰まった感のある当時の「モダン・ジャズ」の新たな突破口になる可能性を秘めているように見えたが、時の女神が微笑むことはなかった。

本作は、当時メキメキと頭角を現し、玄人筋に評価の高かったカウエルをリーダーにソロイスト4名がそれぞれ一曲づつ持寄った野心作。アヴァンギャルド・テイストを随所に振り撒きながら時には熱く激しく時にはクールに明日のジャズを目指し己の力を精一杯出し合っている。若いだけに小さく纏まらず伸び伸びとイマジネイティブな世界が描かれ、一気に全4曲聴き通しても集中力が途切れることはない。

異論を承知の上で大局的な見地から言えば”BITCHES BREW”で「モダン・ジャズ」は終わってしまったと言っても差し支えない現状から顧みると、50~60年代を加速度を増しながら変貌に変貌を重ねた「モダン・ジャズ」の精製された一つの結晶とも思える本作でさえ時代の潮流には敵わなかった。

パーソネルは、

STANLEY COWELL(p)  WOODY SHAW(tp) TYRONE WASHINGTON(ts,fl,cl)  BOBBY HUTCHERSON(vib) REGGIE WORKMAN(b) JOE CHAMBERS(ds)

Produced By Chris Whent & Alan Bates

当時の精鋭達による「モダン・ジャズ」の未来を信じた本作は結果的に「モダン・ジャズの墓標」になったが、69年、まだ熱い息吹は残っていた。

 

”Bluespirits(2004..1.28)

PS,

最近の活動を検索すると、何と!昨年の12月17日に亡くなっているではありませんか。享年79。

ご冥福をお祈りいたします。

 


COMPULSION / ANDREW HILL

2021-07-17 | ジャズ・p

 

一昔前、御茶ノ水のある円盤屋へ行ったところ、セールの直後と思うが壁面にポツンと一枚、NY盤で売れ残っていた。NY盤の相場としては随分、安い値段が付けられていた。マニアの間で本作は4200番台でなかなか入手困難な盤との噂を耳にするのでヒルの一般的な人気はやはり薄いのだろう。


本作はチェンバースの他、2名の打楽器奏者が入り、アフリカン・リズムを基調にニグロの悲哀を投射した野心作。

限りなくフリーに近い演奏も繰り広げられ、軟弱な耳にはハードかもしれない。だが、恐れる事など何もない。そこらのフリー小僧達とは明らかに一線を画すレベルの高さはヒルの持つアイデア豊かな音楽性からくるものだろう。また、ポリリズムをバックに非日常的な演奏世界のなかから聴こえるヒルのpはそれまでの諸作よりもより大胆で自由自在だ。4曲中、ラスト曲‘LIMBO’は最高!言葉ではとても表現できない。それとハバードの寂寥感、悲壮感を漂わせた、時にはエモーション溢れる熱演が本作を紛れも無い一級品に押し上げている。これほど作品のコンセプトを理解したプレイは他のtp奏者では真似できないだろう。

 

   1965.10.3 録音

ヒルの作品中、ほとんど脚光を浴びない本盤であるが、「ハード・バップ」(著者はローゼンタール?)という本のなかで、珍しく取り上げられたが、ボロクソに書かれてあった。かと思えば、音楽評論家・黒田恭一氏はかって随想で本作を取り上げ、こんな風に述べられていた。

「この一年ほどアンドリュー・ヒルに夢中になっているが、世評高い”Black Fire”は好きになれない。”Compulsion”というレコードが素晴らしい。だが、誰にも聴かせない。いくら、親しい友だちだって。こういう素晴らしいジャズは穴倉で一人で聴くものだ」と。

とちらが正しいかって?どちらも間違っていないでしょう。それほど聴き手を惑わす問題作です。但し、僕は黒田氏を支持します。

アマゾンの密林の如く奥深く、ヒマラヤの如く高く険しい、それがジャズ。それを教えてくれたのが本作。

 

“Bluespirits”(2004.1.17)


SONY SOLID STATE 11 ・・・・・ そして CHICK COREA

2021-02-25 | ジャズ・p

 

半世紀も前、60年代もそろそろ終盤に近づいた頃、京都・山科の学生アパートに住んでいた。

おふくろを拝み倒し、買ってもらったSONYのSOLID STATE 11のスイッチをFMジャズ番組に合わせONにすると、背に陽の光を受けキラキラと輝きながら水面を跳ね回る飛魚のようなピアノが流れ出し耳が釘付け状態に、Volumeをちょっと上げると僅か3、4畳の狭い部屋がまるで大海原と化した気分になった。コリアの名は何となく知っていたけれど、存在を確りと頭に刻み込んだ瞬間だった。

その一枚、”NOW HE SINGS, NOW HE SOBS”(リーダー2nd作、1968年録音)はジャズ・ピアノに新風を吹き込んだ、と絶賛され、当初、コリア以外のメンバーが不明(カヴァにクレジットなし)だったこともあり、話題に拍車がかかった。

その後、試行錯誤を重ね、72年に録音した”RETURN TO FOREVER”は大ヒットとなり、評論家やマスコミ、また、シビアなファンからも高く評価され、当時、もたもたしていたK・ジャレットを凌ぐ存在にもなった。

この手のヒット作には横やりを入れる人達が少なからずいるものだが、本作の人気に?を付ける人達に今までお会いしたり、話を見たり聞いたりしたことも無く、新しいジャズの一ページを飾る名盤として満場一致の地位を得ている。

ただ、多芸多才から生ずる一種の不信感も拭えず、”RETURN TO FOREVER”以降の作品の出来映え、評価はマチマチだった。

右の画像、1stリーダー作”TONES FOR JOAN'S BONES”(ヴォルテックス)は1966年に録音されながら、リリースされたのが”NOW HE SINGS, NOW HE SOBS”と同じ68年となったため割を喰った感じだが、これがイイ。

初め制作者側からラテン・ジャズを提示されたが、キッパリ拒否し、自分の意思を貫いた一枚。

W・SHAW(tp)、JOE FARRELL(ts ,fl)の2管でフロントを固めたクィンテットで、BNの新主流演奏を連想させる内容ですが、BNほど黒くない。その頃のフラワー・ムーブメントを反映したチープなカヴァと音の悪さで世間の評判は今一ですが、一音一音、くさびを打ち込むように鍵盤を弾く若き日の姿にコリアの本質が端的に集約されている。共演者達も意気に感じ熱演、好演を繰り広げ、コリアを語る上で欠かせない作品。

享年79、合掌。

SONY SOLID STATE 11

 

販売価格は12,000~13,000円位だったような記憶が残っている。その頃の大卒の初任給が30,000円前後だったので、今思えばかなり高額品でした。

 


LEAPIN' AND LOPIN' ・・・・・・・ SONNY CLARK

2020-03-04 | ジャズ・p

 

CDの音の調子が頗る良く、何かと騒がしい時世、外出を控え部屋に籠る時間が増えました。

泣く子も黙る人気盤”COOL STRUTTIN'"の陰に隠れスポットライトを浴びることがないリーダー・ラスト作(1961.11.13)を。

まるで一年あまり後を暗示するような苦悩を滲ませるクラーク。

メンツは一枚も二枚も格下だが、ジャズ・スピリットは人気盤に一歩も引いていない。それどころか、指捌きは本作の方が闊達に聴こえる。

収録された曲も良く、50年代のハード・バップとは違う60年代のスピード感あるノリも良いのに何故か人口に膾炙することはありません。

原因はA-2の”Deep In A Dream”ではないかな?どうして1曲だけI・ケベック(ts)を入れたカルテットにしたのだろう。内容は決して悪くないけれど、A-2のポジションではなく、例えばBー2の”Voodoo”と入れ替えた方が全体の流れが堰き止められずスムーズになったのではないか。「ワケあり」だったのだろうけど少なからず違和感を覚え、印象も随分変わります。

それはそれとして塩辛さ200%、ドスが利いたラウズのts、線は細いがきれいな音色のタレンタインのtp、シングル・トーンでチャーミングなメロディーラインを次々に弾き出すクラーク、”Melody For C”なんか最高ですね。これ以上何を求めると言うのだろうか。

愛聴盤の一枚ですが、不思議なことにオリジナルと一度も出会ったことがなく、CDの他に国内盤LPを2枚で我慢(笑)。一枚は音が良いと評判のキング盤と思っていましたが、2枚とも発売時期違いの東芝盤でした。

CDとLP(音の良い方)の聴き比べを。CDはRVG仕様ですが、LPはその仕様ではなく、カートリッジは今、一番気に入っているSHURE95HEを使用。

音の質は全く異なり、CDはタイトでウォーレンのbは質感、量感共に優れ、LPはフォーカスがやや甘いけどMM型らしく音に厚みが出て、タレンタインのtpはこちらの方に分が有ります。総合点では5.5:4.5でCDですね。ま、オリジナル盤との比較ではないので、あまり意味ないです。

1963年1月、ヤクが原因で急逝。享年31。


BLUE NOTE 後期の3作 ANDREW HILL

2020-02-02 | ジャズ・p

 

ヒルのBNでの活動期間を大別すると、初リーダー作”BLACK FIRE”(1963年)~S・リバースを加えたクインテット(1966年、後年リリース)を前期、BNがリバティに吸収、傘下に入った68~70年代初めを後期と分けられ、プロデュースがライオンからウルフに移っている。

色々と語られる前期作に比べ、後期の作品について触れられるケースはそれほど多くない。ヒルの一般的人気はその個性からしてか、それほど高くなく、語弊が有るやもしれないが、寧ろ研究材料の対象として存在価値が高いかもしれない。

左から録音順で”GRASS ROOTS”(1968.8.5)、”DANCE WITH DEATH”(1968.10.11)、”LIFT EVERY VOICE”(1969.5.16)

約2年間のブランクを置いた”GRASS ROOTS”

意表を突きフロントの2管にモーガン(tp)、アービン(ts)を据える「奇策」に出た。「堅物」のイメージを払拭する狙いがカヴァと共に良く表われている。今までの眉間に皺を寄せて聴くヒルの姿はなく、これはこれで良いと思うけれど、サイドワインダー擬きのB-1の”Soul Special”は、今更、これは無いんじゃないかと思う。この曲のためにモーガンを呼んだのか、と勘繰りたくなります。全体を通し、アービンの小気味好いプレイが思いの外、効き、このセッションの役割を彼は充分に理解している。

僅か二ヶ月後に吹き込まれた”DANCE WITH DEATH”、今度はバリバリの新鋭、トリヴァー(tp)とファレル(ts、ss)をフロントに配した「新主流派」スタイル。録音のチャンスを生かそうとする二人の熱気に満ちた積極的なソロと以前よりスムーズに流れるヒルのプレイが心地よいテンションを生み出した好作。

でも、ちょいコンサバな”GRASS ROOTS”と180°異なる”DANCE WITH DEATH”をリアルタイムでリリースするのは悩む所ですね。結局、”DANCE WITH DEATH”は「お蔵入り」の憂き目に遭い、1980年に漸く日の目を見た。

前二作と同じフロント2管編成にコーラスを加えた異色作”LIFT EVERY VOICE”。

2管はW・ショー(tp)と若手で生きの良いC・ガーネット(ts)。コーラスの効果がどの程度、プラスに働いているかどうか?コーラス自体にはそれほど魅力を感じないけれど、ヒルのpはある意味で劇的に変わっている。あの不愛想な特異性が影を潜めるどころか、まるでボーカリストのように歌っている。また、トリヴァーと同じく、ハバードからの影響を強く受けているショーのサポートがイイ。若手のホープからワン・ランク上昇しようとしていた時期だけに鋭さだけでなく柔らかさが増し表現の幅が広がっている。ただ、RVGの録音が、この時代、ソロがサウンド全体に溶け込むと言うか、包まれるように変わっている所が残念です。

結構、好きな作品で、コーラスを無視して聴いている。

 

あくまで私見ですが、ヒルはBN時代、全てオリジナル曲で通したそうですが、少し、スタンダードや他人の曲もレパートリーに入れた方が作風が広がり、内容も深まったのではないでしょうか。確かに個性、頑なさも重要だが、他の大事なものに気が付かなかったような気がする。

いずれにしても、60年代のBNを代表するジャズ・マンだったのは違いありませんね。